いつだって朝はやって来る。
それは今日も例外ではなく、約束の日はやって来た。
ベッドから起きて軽く頭を振る。
あまり寝ていない。が、眠くはなかった。
今日の夜あいつはまたやってくる。そして俺はその時選択を迫られる。
だが、正直言ってまだ決めかねている。
「・・・・・・・・・・・。」
迷いを振り払うように、俺はベッドから飛び降りた。
GATE 後編
今日もいつものように学校への道を走る。
「祐一〜!早くっ、早くっ!」
いつものように俺を急かす名雪。
「分かってるって。そう急かすな」
「急がないと遅刻するんだよー(泣)」
いつもの、光景。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
学校に行ってもいつもと変わらないのは当たり前のことで。
いつもと同じに授業を受けて、
いつもと同じに居眠りをして名雪に起こされ、香里に呆れられ、
起こされなかった北川は教師に説教を食らい、
そして昼休みにはみんなで昼食をとる。
「おっ、美坂、これはもしかして新作か?いただきっ!」
「がっつかない!何処かに飛ばされたいの!?バカ川クン?」
「バシルーラだお〜」
みんながみんな、楽しそうに笑う昼食時。
「祐一さん?」
だが、こいつだけはいつもとは少し様子が違った。
「ん、どうした栞?何か今日はいつも以上に少食だな。食わないと出るとこ出ねぇぞ」
「よ、余計なお世話ですよ!それより…」
ふと、栞が真剣な顔になる。
「祐一さん最近何かありました?」
「いや、別に」
鋭いなこいつ。いつもは異様に鈍ちんのくせに。
「そうですか(微笑)それならいいんです。ちょっと気になってたから」
そう言って恥ずかしそうに微笑む栞。
「気になったって、何が?」
「え…?えっと、何か祐一さんが遠く感じちゃって。このままどんどん遠くに行っちゃって
私の前から消えてしまうんじゃないかって思っっちゃったんです」
「それはまた想像力豊かなことで」
笑うしかなかった。
「あー、ひどいですっ!ほんとに私怖かったんですからねっ!」
脹れる栞。
ノリに任せてからかうように栞に聞いてみた。
「もし栞が想像したとおりの事が起こったらどうする?」
予想通り栞は困った顔をする。そして、
「そうですね…。自殺します」
「お、おいっ(汗)」
「冗談ですよ♪でも…」
そこで一度言葉を切り、俺を見つめる。
「絶対にそんなの嫌です。でも、もし…もし、祐一さんがどこかへ行ってしまうなら、私も一緒に連れて行って欲しい。
お別れなんて嫌です。祐一さんと別れるなんて……絶対……嫌です……!」
「栞…」
泣いている。俺のために。
この少女を泣かせることは二度としたくないと思った。
「連れて行ってくれますよね?」
「ああ、約束するよ」
そう言った俺を見て微笑んだ栞は、本当にきれいだった。
夕方、家に帰る。
もう、時間は残り僅か。
どうしなければならないか、頭ではその回答が出ている。
だが、どうしても気持ちのほうがついていかなかった。
『そろそろ、時間だよ』
どこからかまたあの声が聞こえる。
「もう、か…?」
『考えすぎてもいい判断が出来るとは限らないしね。それで、場所を指定したいんだけど』
「何処に行けばいいんだ?」
『この世界を君が生み出すことになった、思い出の場所。そこに来て欲しい』
「やれやれ。あんまりいい思い出じゃないんだけどな…」
『待ってるよ』
そう言うと、それきり声は聞こえなくなった。
「……行くか」
階段を下りて玄関へ向かう。
「祐一?」
靴を履こうとしていると、名雪が後ろから声を掛けてきた。
「こんな時間にどこ行くの?」
「ん?ちょっとその辺をブラブラしようと思ってな」
「そう…」
それきり何も言わない名雪。
「それじゃ行って来るわ」
「祐一!」
再び呼び止める名雪。
「何だ?」
「帰って…来るよね?」
図らずもドキリとしてしまう。
「…はぁ。名雪、俺の家は?」
「ここ」
「なら帰ってくるのは当たり前では?」
俺の質問にバツの悪そうな顔をする。
「う…(汗)それはそうだけど。でも何か祐一見てたら言いたくなっちゃったんだもん」
…栞といい、こいつといい…いざという時にはほんとみんな鋭くなりやがる。
「俺がいなくなるってか?」
「うん」
「…そうなったら名雪はどうするよ?」
「え?う〜ん(汗)」
「解答に困るくらいなら最初から考えんな」
「え〜。でもね、考えてみたけどやっぱり私は祐一と一緒だったよ?」
「なんだそれ?」
「うん。だから、祐一がどこかに行っても私は一緒にいるんだよ、きっと♪」
「ったくお前はほんと能天気…」
言いながら振り向くと、そこには目にいっぱいの涙を浮かべて笑っている名雪がいた。
「名雪」
「えへへ、泣いちゃった♪」
そう言う名雪を直視することが出来なかった。
ほんと格好悪い奴だ、俺。
「でも、もし祐一がいなくなっちゃっても、私は待ってるからね♪ずっと待ってる」
「名雪…」
「私が探しに行っても迷子になっちゃいそうだしねぇ(笑)」
照れ隠しに笑う名雪。
それが嬉しくて、愛しくて、俺は一言、たった一言だけ言葉を紡ぐ。
「名雪、ありがとな」
もっと気の利いた言葉があればよかったんだろうけど、
でも、俺の今の気持ちを一番表してくれると思った言葉。
「うん♪」
名雪のその言葉と笑顔で十分だった。
そして俺は約束の場所へと向かう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「…何かあるっつーと、必ずここなんだよなぁ」
辺りは真っ暗闇だった。おぼろげに見える大きな切り株、そして…
「やっぱり来たんだね、祐一君」
あゆがいた。
「あゆ…か?なんでここに?」
鋭いと言ってもほどがあるだろ。
『彼女が知っているからだよ。今回のことをね』
あいつの声が聞こえる。
「どういうことだよ」
目の前に現れた昔の俺に問いかける。
「君がこの世界を造るきっかけになったのは、あゆさんの事故だろう?そうなればこの世界でも
あゆさんが何らかの形で関わっているというのは納得できることだ」
こいつはいつもこっちが聞きたい事を先延ばしにしやがる。
「何であゆが今回のことを知ってるのかって聞いてんだよ!」
「君がこの世界の創造者だとするなら、あゆさんはこの世界の管理者といったところかな。
この世界が壊れないように、君に不都合なことが起こらないよう見守る役目。
だから、今君に何が起こったかっていうのも分かってしまったという訳だ」
あいつはさらに続けた。
「今考えれば思い当たる節があるだろう?死ぬはずだった人間が死ななかったりとかね。
あゆさんはいわゆる君の自己防衛感情の象徴なんだ。
だから、”願い”とか、”奇跡”とかいう名前を使って君を傷つけないように守った」
…じゃあ、アレかよ。俺が、俺達が必死で作り上げてきたものはただのままごとかよ。
「俺の頭の中で都合よく作られたものなのか…?」
「だったら何がいけないの!?祐一君!」
突然あゆが叫ぶ。
「あゆ…?」
「この世界はもう動き始めちゃってるんだよ!?7年も前から!祐一君、それを捨てちゃうの!?
この世界の思い出も!みんなも!祐一君がいなくなったらみんな消えちゃうんだよ!」
「……」
黙り込んだ俺に、昔の俺が話しかける。
「さながら彼女がこの世界代表、僕がもう一つの世界代表って感じだねぇ。どっちも君にいて欲しい。
でも決めるのは君だ。君の意志で決めることだ。」
その通りだ。誰でもない、俺の意志で決めなければならない。
「そろそろ時間だ。答えを聞こうか」
タイムリミットが訪れる。そして、俺が出した答えは…
「…あゆ、俺はみんなが好きだ」
「うん」
あゆの顔が輝く。
「だからこそ、大好きなみんなともう一度幸せになりたい。俺の頭の出来事なんかじゃなくて、
現実の世界でもう一度」
「祐一君…」
あゆの顔が一瞬曇る。が、すぐに諦めたように微笑んだ。
「そう…言うだろうなとは思ってた。やっぱり祐一君は祐一君なんだね…」
「あゆ…」
「祐一君は自分の感情なんかに負けないで、自分が何をするべきかが分かる人。だから、
きっとそう言うと思ってたよ」
「買いかぶりすぎだ」
笑って俺はそう言うと、昔の俺の方を向いた。
「と、いうわけだ。俺は元の世界へ戻る」
「後悔はないね?」
ここまで来て言うことじゃないだろうが。
「何のために三日間も俺を悩ませたんだ?」
俺がそう言うと、昔の俺はクスリと笑った。
「確かにその通りだ。じゃあ、行こうか」
そう言って昔の俺が手をかざすと、今まで何もなかった場所に巨大な扉が姿を現した。
そして、昔の俺に促されて扉へと足を向ける。
「祐一君…!」
あゆの声に足を止める俺。
「どうした?」
何かを言おうと口を開きかけたあゆだったが、しばらく逡巡したあと、首を振った。
「ううん。今言おうとしたことは次会うときまでとっておくよ。だから…ね?祐一君、約束だよ?」
「ああ、約束だ」
必ず会いに行くよ。あゆ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
扉をくぐって歩く俺。と、昔の俺。
「あんな約束してよかったの?現実の世界と君の世界では君が作り上げた人物像とは違うかもしれないよ?
あゆさんにいたっては病院だ。まさか、現実でも生霊になって出てくるとは思ってないだろ?」
確かにこいつの言うとおりだ。
俺が今まで築き上げて来た世界のみんなとは違うかもしれない。でも…
「大丈夫だ。きっとまたみんなと会えて…そして、またみんなで幸せになれる」
少し驚いた顔を見せながら昔の俺が言葉を返してくる。
「大した自信だね(笑)しかし、この三日のうちに随分と前向きになったもんだね。初めて会った時は
きっとこいつは自分の世界にしがみつくだろうと思っていたんだけどね」
確かにお前の言うとおり、あの時はそうだったろうなぁ。
でも、な。
俺が迷っている時、舞や栞や名雪が言ってくれた言葉。
たとえ世界が変わっても俺と一緒にいたいと言ってくれたこと。
それは俺も同じだから。
だから違う世界でもきっと…
「さて、ここからは君一人で進んでいく道だ。こっちの世界でも君に幸あらんことを」
そう言って去っていこうとする昔の俺。
「あ、おい」
「?何かな」
そしてこいつにも言いたかった言葉。
「ありがとう。でも、ほんとの礼はこれからの俺の行動で示してみせるよ」
昔の俺は何も言わず、ただ微笑んだ。
その笑顔が段々と遠ざかっていく…。
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・・・
「・・・・・・・・ち・・・・・・いち・・・・・・・・・・」
誰かの声が聞こえる。
俺はゆっくりと目を開ける。
「祐一!」
そこには涙を流しながら俺を呼ぶ母さんと、その隣でほっとしたような表情をしている親父。
そうか…。帰ってきたんだな、元の世界に。
「母さん…」
「祐一、分かる?ほんとに心配させて…7年も冬眠してんじゃないわよ…」
涙を流しながら話す母さん。しかし、冬眠ってな…母さんらしいというか、何というか。
「あのさ、母さん。突然で悪いんだけど」
そう言って切り出す。
「ん?何?」
「リハビリして体力回復したらさ…」
みんなと交わした約束、それを守るため、そして俺自身の幸せのために…
「また行きたいんだ、秋子さんの家」
数ヵ月後。
この雪の降る街を、俺は再び訪れた。
雪の降る中、ベンチに座って迎えに来るはずの名雪を待っている。
約束の時間から既に2時間。
そして。
「雪、積もってるよ」
待ちわびていた瞬間、高鳴る鼓動。
俺の物語はまたここから始まる。
後書き
ペペ「ほんとにほんとに終了ですー!!」
祐一「やっとこさ終わったよな」
ペペ「まぁそう言わんと。しかし、話を一旦切るとつながりがよく分からなくなるっす。」
祐一「それはお前がアホなんだよ」
ペペ「まぁそうなんだけどよ」
祐一「否定しねぇのかよ(汗)」
ペペ「あ、そうだ。このSS書くにあたって元ネタがあるんだけどさ、何だか分かる?」
祐一「知るかよ。でも言っても恥かくだけだぞ」
ペペ「う…(汗)ま、な。じゃ、やめとくか」
祐一「そうしとけ。んじゃ締めんぞ」
ペペ「うぃ。それでは。感想等は掲示板へお願いします。んでこれからもよろしくです」
祐一「よし」