ここに、一人の男がいる。

名前を北川潤と言う。

現在、北川はあることに頭を悩ませていた。

それはもうすぐやって来る、とあるイベントに深く関わっているものである。

「来る…もうすぐあいつがやってくる…」

そわそわと落ち着かない北川。
その表情は恐怖に彩られつつも、一抹の希望を抱いていることも感じさせる。

しかし、北川がどんなに悩もうと、それはまもなくやって来るのだ。

「ぐああっ、どうすりゃいいんだ!!クリスマス!!」





                     シングルベルは漢の美学!?





12月22日。

2学期最終日である今日は生徒達にとって喜び以外の何物でもないらしく、皆一様に嬉しそうな顔してやがる。

が、俺は違う。

「なに鬱入ってんだよ北川」

相沢が声を掛けてくる。
くそ、お前だけ幸せそうにしやがって。

「別に…。うむ、敢えて言うなら俺独特のセンチメンタリズムがそうさせてるのだろう」

「アホか」

「アホ言うな」

今日も残りはホームルームだけとあって、教室の中は少しざわついている。
担任の姿もなく、別に俺達がダラダラと無駄話をしていても咎められることはない、が…

「なんだよ相沢」

さっきからのこいつのニヤニヤ顔が気に食わない。
絶対、何かムカつくことを言う表情だ。

「いやいや、時に北川君、明後日の予定はどうなってるのかな?」

ごん!

思わず殴る。

「な…!殴ったね!親父にもぶたれたことないのに!!」

「言ってろ。お前は箱入り息子かっつーの。大体、それは聞かないのが友情ってもんだろ」

「なぁるほど。つまり予定はないわけだ」

ニシシといった表情で笑う相沢。

「へぇへぇ、その通りでございますよ。俺は相沢さんみたいにモテませんからねぇ?何人から誘われてんだ?お前」

「べ、別に誘われてねぇ。俺は今年は家族と暖かいクリスマスを過ごすんだ」

痛い所を突かれたのかようやくからかいの様相を消す。

「家族ったってお前、結局水瀬さんと一緒ってことじゃねぇか。それだけで充分贅沢だっつーの」

水瀬さんといや、うちの学校でもかなり可愛いレベルに属すぞ。

「まぁそれを言うとあれなんだが…、ん〜、確かに一人で過ごすクリスマスよりは幾分マシかもな」

「うっせ」

からかいの相沢を復活させちまったか。
しかし、相沢の指摘はマジで痛い(泣)
くそったれ、なんで世の中にはクリスマスなんてものがあるんだ!?

クリスマスとバレンタインはモテない男をいじめるためだけのイベントとは思わんか!?

「なぁ、北川」

「なんだよ?」

妙に優しい表情をして喋ってくる相沢。

「お前さ、落ち込むのは簡単だけど、その前にできることはやったほうがいいんじゃねぇか?」

「何を…って、おいおい相沢っ!!」

相沢の視線の先には、一人の女子生徒の姿があった。

「何焦ってんだよ北川」

「うるせぇ!なんでいきなり美坂なんだよ…」

「は?お前…まさか、まだバレてないと思ってるんじゃあるまいな?」

ひそひそと話しかけてくる相沢。


…ナニ?


「だーーはっはっはっ!!マジかよ!?分かるに決まってんだろ?」

う、嘘だろ…。

「お、おい、まさか美坂にも…」

だとしたらこの北川潤、ここで腹を掻っ捌く所存。

「いや、まだそれはねぇ。香里も相当に鈍感みたいだからな。でも遅かれ早かれ気付くぜ。だから、な?」

その前に言えってか。
でも、どうやって誘えばいいんだ?

いきなり「お前が好きだ」はないよなぁ。

かといってあんまり回りくどく言うのもなぁ。俺苦手だし。

なんて考えていると

「相沢君、北川君、そろそろ席についたら?ホームルーム始まるわよ?」

話題の張本人がすぐそこに。

「あ、ああ。ほれ、相沢、散れ、散れ」

思いっきり動揺しながら応える。くそ、さっきの相沢の話のせいだ。妙に意識しちまう。

「なんだよ、まだ時間あるだろ〜?あ、そうだ香里。何か北川がお前に用があるってよ。放課後にでも聞いてやってくれ」

ぐあっ!相沢余計なことをっ!!
あのお節介野郎め!!

「私に?別にいいけど…。何?北川君」

俺とは正反対の何も俺を意識することのない笑顔が、少し寂しくて、でもやっぱり嬉しかった。

そんな気持ちを読まれぬべく、こっちも笑顔で取り繕う。

「ああ、別に大した用事じゃないんだけどな。放課後、ちょっとだけいいか?」

「いいわよ、もちろん♪」

と、話の流れで言ってしまったけど、何を話せばいいんだ?
もしかして、ピンチか?





結局、何も考えつかんと放課後になってしまったが…。

どうしよ!?どうしよ!?マジでなんも考え付かなかったよ(汗)

「おまたせ!北川君…って大丈夫?顔、なんとなく蒼ざめてる気がするんだけど」

「あ、あぁ…。大丈夫だ、それより帰りながら話そうぜ」

「ああ、うん、いいけど」

そうして、二人で校門をくぐる。

黙っていてもおかしいから、適当に無難な会話を始める。

「は〜っ!しかしやっと終わったな2学期」

「ふふ、そうね。でも私としてはかなり充実してたと思うわ。北川君は?つまんなかった?」

「いや、そんなことはないけどな。やっぱ休みとなれば嬉しいもんだろ?」

「まぁ、そう言われればそうかな?でも、今年はそう遊んでばかりもいられないわよ。北川君、受験勉強進んでる?」

「え?あ〜、その、まぁ、なんだ。ぼちぼちってとこ」

「ふぅん(笑)ちゃんと勉強しときなさいよ〜?」

「うぃ」

って、違う違う!!俺はこんな話をしたかったんじゃなくて!!
話題を…そう!話題をそっちに持って行かないと!

「てことはなんだな、今年はクリスマスも正月も遊べねぇってことか」

俺的にはかなりうまく方向転換したつもりだが?

「言うことが極端ねぇ。私だってクリスマスや正月くらいは遊ぶわよ」

よし、うまくいった!!

「なんだよ、予定あるんじゃねぇか、いいよな。ったく、クリスマスめ!!」

「何?北川君、クリスマス嫌いなわけ?」

「ん〜、つーかよ、クリスマスってモテない男をいじめるイベントだとは思わんか?」

俺の持論となりつつある意見だ、が、

「そんなことないわよ。客観的に見て、そういう状況がないとは言い切れないけど…」

「ふむ、じゃ、さ。美坂にとってのクリスマスってなんだ?」

「え?私にとってのクリスマス?」

驚く美坂。

「そうねぇ、大切な人と一緒に過ごすことが出来る、幸せな時間、かな?」

美坂の言葉に思わずドキリとする。

「え?美坂って、彼氏いたの?」

なんでもないように聞いてみたが内心はもう、心臓バックバクだ。
もしここでイエスと言われたらこの北川潤、この場で腹を掻っ捌く所存。

「ち、違うわよ(汗)大切な人って、何も恋人だけじゃないでしょ?今のところ、私にとっては家族、ね」

そして、恋人がいればそりゃ嬉しいけどね、と付け加える。

「あぁ、じゃ、今年は家族と過ごすんだ、クリスマス」

「そう。栞がアイスクリームケーキ作るって聞かないから、手伝ってあげないと」

微笑みながらそう言った。

我が目的、成れり。

というか、むしろ失敗だったんだろうか。

いや、まだ美坂に彼氏がいないと分かっただけでもよしとせねばなるまい。


「で、そう言えば北川君、私に何か用があるって言ってなかったっけ?」

…天災は忘れた頃にやってくるってか。

「え?あ〜っ…悪い、忘れた」

本当はさ…ないんだけどね…用事なんて…。

「は?」

「いや、美坂と話してたらスポ〜ンと」

美坂は「もう」と一瞬膨れて、でも怒らずに、

「うん、いいわ。じゃ、思い出したら言ってね」

と言って笑った。

「ああ、そうするよ。悪いな、何か余計な時間とらせて」

「別にいいわよ、私も楽しかったから♪じゃ、北川君また学校で」

「ああ、じゃな」

そう言って美坂は来た道を戻り始めた。

そうか、美坂の家に行く道、通り過ぎてたんだ。
それでも何も言わずに俺の話を聞いてくれていたことが、嬉しかった。

だけど、「また学校で」という言葉が、妙に寂しく聞こえて。

俺はしばらく、その場に立ち止まっていた。









「じんぐ〜べ〜♪じんぐ〜べ〜♪鈴がぁ鳴るぅ〜♪」

12月24日。
朝起きて付けたテレビから流れてきたのがいきなりこれだ。
恐るべし、クリスマス。

これじゃ、今日は何処に行ってもクリスマス一色なんだろうな。
こりゃ、今日は部屋に引き篭もるに限るぜ。

何もすることがないのでとりあえず受験勉強でもしておくことにする。

カチ、カチ、カチ、カチ…。

時計の音が妙に気に障る。
うげ、もう夜の7時かよ。そろそろ晩飯の時間だな。

「潤、入るわよ」

「ってもう入ってんじゃねぇかよ、母さん」

ノックくらいしろよ、アレしてる時だったらどうすんだよ。

「って、なんだよ母さん、着飾っちゃって。どっか行くのか?」

「うふふ♪母さん、お父さんとちょっと食事に行ってくるから。あんたの夕食はキッチンに置いてあるから、適当に食べてね」

おいおい、息子ほっぽりだして二人でディナーかよ。
と、言ってやりたかったが、止めた。
ま、たまには親も夫婦に戻って楽しみたい時もあるだろう。

「分かったよ、いってらっしゃい」

俺がそう言うと、母は嬉々とした表情で出掛けて行った。
ふむ、いいことしたかな。
サンタさんも今年はビッグなプレゼントを持ってきてくれそうだぜ。

が、俺は後で激しく今の気持ちを否定したくなるのだった。




そしてキッチン。ふっ…今思えば、『適当に食え』ってところで危険を感じるべきだったんだろうな…(泣)




「か、カップ…ラーメン…」




何だ、この圧倒的な敗北感は…。

…あんのババァ、嬉しさの余り料理サボりやがったな!!

もういい!!貪り食ってやる!!ラーメン貪り食ってやるわっ!!
うお〜っ!!漢だぜ、俺っ!!何故かは分からないが、なんとなく、俺は漢だっ!!



食うだけ食って、気分が悪くなり、さらにテンションダウン(泣)



部屋に戻って窓の方を見ると、雪が降り始めていた。
ホワイト・クリスマスってやつだな。

時計を見ると、午後9時、ちょい過ぎ。

今ごろはみんな、楽しんでるんだろう。
羨ましい、とはちょっと違う、なんとなく寂しい気持ちが胸の中に残る。

「はぁ〜。風呂入って、さっさと寝るか」

そう言って部屋を出ようとした時。

ぼふ。

妙な音がして、とっさに部屋を見まわす。
が、特に何も変化はない。

「空耳か…?」

そう思った次の瞬間、また

ぼふ。

それは、雪玉が窓に当たった音だった。

くそ、近所のガキか!?
ガキまで俺をバカにするんか!!

ガラッ!!

「コラッ!!悪戯するんじゃねぇ…って、え?」

外から雪玉をぶつけていたのは相沢。そしてその隣には水瀬さん、そして…。



速攻で部屋を飛び出し、バタバタと階段を降りる。

そして玄関の扉を開ける!!

「よぉ、メリクリ」

「相沢…なんで」

「メリークリスマース!!北川君♪」

相沢の隣で水瀬さんが笑う。

「メリークリスマス♪」

そして、相沢の背中越しに…。

「ああ…メリークリスマス、美坂」

「あ〜っ!!北川君、私無視したよ〜!」

「悪ぃ悪ぃ、水瀬さんも、メリークリスマス」

何なんだろう、状況が、いまいち飲み込めない。

「それはそうと北川、家に入れてくれ。凍え死ぬ」

ガチガチ震えながら相沢が呟く。


「あ、あぁ、悪い。上がってくれ」

「わー♪寒かったんだよ〜(泣)お礼にシャンパンとかお菓子とか、持って来たから〜」

「ケーキも買ってきたのよ。台所、貸してもらえる?」

「あ、ああ…」

次々に掛けられる声に戸惑うしかない俺。

「んじゃ、お邪魔するぜぇ」

最後に入ろうとした相沢の肩を掴み、疑問の目を向ける。

「お、おい、相沢、これはどういう…」

「今年一年、いい子にしてた潤君へ、相沢サンタからのささやかな贈り物だ♪」

「なっ…」

「なんてな。でも、みんな同じ気持ちだったんじゃねぇかな?俺が声掛けたら速攻集まったもんよ」

「同じ気持ちって…」

「大切な友達と、一緒にクリスマスを楽しみたいって気持ちだよ。それに、あの時のお前の様子じゃとても上手くいきそうになかったからな。根回しした」

「相沢…お前なぁ…」

そうならそうと言えよ…。

「ふはは、策士相沢と呼べぃ。…余計なお世話だったか?」

そう言ってニヤリと笑う。

このやろう、やってくれるじゃねぇか。

「いや…超!余計なお世話だな」

そう言って俺も笑い返す。

「やれやれ…。からかいがいのない奴ぅ。先、あがってるぞ」

そう言って中へ入っていく相沢。

「相沢」

「ん?」

「サンキュな」

相沢は微笑むだけで何も言わなかった。

ったく、かっこつけやがって。



「北川く〜ん、早くぅ〜!!シャンパン開けちゃうよぉ〜」

「うわっ、バカッ、名雪、シャンパン振り回すなっ!!開けた時吹き出すだろっ!!」

「お前ら、何バカやってんだよ」

「名雪〜、ケーキ運ぶの手伝って〜」

「名雪は今、手が放せないんだ〜っ!!」

「う〜っ。開けたらピュ〜ッて吹き出させるのがシャンパンの醍醐味なんだよ〜」

「そんなの、メジャーの優勝ん時で充分なんだよ!」

相変わらず夫婦漫才なんだな、こいつら…。

「いいよ。俺が手伝ってくる」

「悪いな北川」

キッチンに入ると美坂がケーキを切り分けて待っていた。

「何?相変わらず夫婦漫才やってるわけ?」

「ああ。んで、俺がその代打」

「そ♪じゃ、これ、持ってってくれる?」

「了解♪」

そして、テーブルの皿を持っていこうとした時、何故か、俺の口は勝手に開いていた。

「なぁ、美坂」

「ん?何?」

「この前言おうとしてた用事さ…思い出した」

「そうなの?じゃ、聞かせて?」

手を後ろに組んで俺の言葉を待っている美坂。

かわいいな。
俺は、本当に美坂のことが好きなんだな。
心からそう思う。

だけど…。


「いや、思い出したけど、今はまだ、言わないことにしとくわ」

「なにそれぇ?」

よく分からないといった顔をする美坂。


「悪い。けど、いつか、必ず言うよ」


そう、いつになるかは分からないけど、


俺のこの気持ちは多分なくなることはないだろうから、



今は、まだ、情けないことに言えないんだけどさ、


「…うん、分かった。だから、絶対言ってよ?」


「ああ。サンキュ」


あとちょっとだけ、待っててくれよな。








「おっしゃ〜!みんな席についたな!!」

「何でお前が仕切ってんだ、相沢」

「相沢サンタだからだ」

「意味不明ね」

「シャンパン早く開けようよ〜」

「おし、名雪、注げぃ!!」

水瀬さんが勢いよくシャンパンを開ける。

シュポン!!

「ほらほら名雪、早く注がないとこぼれちゃうわよ」

「だお〜(汗)」




…美坂への気持ちは早いとこ打ち明けなきゃなんないけど、


今はこうしてバカやって、




「よぅ〜し、みんなシャンパン持ったな!!」

「ちょ、ちょっと相沢君、これ、アルコール入ってるわよ!?」

「かてーこと言うな」

「お酒は20歳になってからなんだお〜」

「もう酔っ払ってるの?名雪(汗)」




みんなの笑顔と一緒にいるのが、




「よし、んじゃー改めましてー…」





最高に楽しいんだ。






「「「「メリークリスマス!!!!」」」」







                                      Fin




後書き

ペペ「別にこれはおらの経験に基づいて書かれたわけではないだー」

祐一「分かってるよ。お前の方がよっぽど悲しい」

ペペ「うっ…そ、そんなこたぁ…」

北川「そ、そうなのか?」

祐一「おう、一人ぼっちの部屋で、一人ビールを持ちメリークリスマス。電話はおろか、メールも来ず。来たと思ったら出会い系。
    妹から貰った松ぼっくりのクリスマスツリーが唯一の心の支えだったそうだ…」

ペペ「うわあぁあっ!!くそったれがぁっ!『お前も行けば?』ってどこに行けってんだバカ!バカまりも!まりもバカ!!」

祐一「この意味不明さはまぁ今度日誌にでも書いてもらうとして…っておい、どうした、北川?」

北川「ペペさん…(泣)」

ペペ「北川…(泣)」

「「同士よ!!」」

がしっ!!

祐一「あほー」

一応クリスマス記念SSということでどうか一つ…(ペコリ)