あなたは花や木の声を聞いたことがあるだろうか?
普通の人には聞こえないけれど、花たちは花たちの方法で、喋ることができる。
いや、「喋る」という言葉は正確ではないけれど、とにかく、植物も意志を持っているのだ。
人間の中にも、その”声”を聞くことの出来る者がいる。
彼らは「ハナモリ」と呼ばれているのだが、しかし、彼らを知る者は少ない。
これは、そんな「ハナモリ」の、一人の男のお話。
花葬
穏やかな光が、車窓から降り注ぐ。
「くぁ…」
眠そうな目をこすりながら、相沢祐一は一つ、欠伸をする。
祐一が今向かっているのは、祐一の住む街から電車で1時間ほど行ったところにある小さな町の、とある病院である。
何故そんなところへ向かっているかと言えば、今朝の新聞にその原因があった。
『咲きつづける桜、五月でも満開!』
こんな見出しで始まる小さな記事で、以下事のあらましが簡単に書いてあった。
「今年4月に他の木と同様に咲き始めた桜が、五月も終わりになろうとする現在まで咲きつづけている。
地元の住民はこれを『桜の奇跡』と呼び、この桜が病院にあることもあって、患者達の回復に希望を・・・」
ここまで読んで祐一は新聞を閉じた。
どうやら、今週の土、日は返上になりそうだ。
ふぅ、と一つ溜息をつき、祐一は席を立った。
「まもなく○○、○○です。お降りの方はお忘れ物なきよう…」
列車のアナウンスが響き、もうすぐ目的の駅に着くことを告げる。
「よいせっと…」
祐一は荷物を肩にかけ、降りる準備を始めた。
駅を出ると、これぞ田舎の町!といった田園風景が広がっていた。
「ここまでなんもねぇと、ある意味爽快だな」
そう呟くと、祐一は今朝方コンビニで買ってきた地図を引っ張り出す。
「ここが駅だから…この道をまっすぐ行ってここの信号を曲がると…あった(汗)」
地図に書いてある病院の方向を見ると病院らしい大きな建物を発見する。
祐一はあれが件の病院だと確信した。
何故かと言うと、駅の周りには他の建物が何もなかったから。
病院へは簡単に着くことができた。
駅からそう離れていたわけでもなかったし、なにせ、辺りにはなにもないのだ。
見失おうにも見失いようがなかった。
病院の正門を通過し、ぐるりと回って裏手に出たところに、”それ”はあった。
周りの木々はとうの昔に花を散らせてしまい、緑一色になっている中で、その桜だけは今もまだ、薄紅色の衣を
まとっていた。
「はぁ〜…。こりゃまた立派なもんだな…」
そう言いながら、祐一はその桜に近づいていく。
そして、木のすぐ傍まで行くと、掌を木の幹に押し当てた。
目を閉じて、木に触れている掌に意識を集中させる。
木の状態を探っているのだ。
これが、祐一達「ハナモリ」の力である。
本来人間には不可能である木や花、いわゆる植物との意志疎通を行うという力。
しばらく木に手を触れていた祐一だったが、溜息と共に木から離れた。
(思った以上に衰弱してやがるな…。こりゃ、早めに手を打たないとまずいことになりそうだ)
「おい、お前。何でそんなに頑張ってんだよ。お前、このままじゃ死んじまうぞ。どうしてそこまでやるんだ?」
木に語り掛ける祐一。
当然、普通の人間に木の反応など分かりはしないが、今回は祐一もそうだったらしい。
「お、おい!何だんまり決め込んでやがんだ、コラ!まずいだろ、今のままじゃよ。答えろって!」
祐一に声に焦りの色が浮かぶ。
だが、桜は結局答えようとしなかったらしい。
ますます祐一は焦る。
「てめぇ〜…木のくせして俺を無視してんじゃねぇよっ!蹴るぞっ!おいっ!」
木の下で喚き散らす祐一だったが、全く無駄だったようで、木は何も答えなかった。
「はぁー、参ったなこりゃ。何か隠さなきゃいかんことでもあるらしい…その辺りを探るしかないな」
交渉に失敗し、がっくりと肩を落とす。が、
「あの……」
背後から掛けられた声に、慌てて振り向く。
「あの、見物の方ですか?」
白衣にナース帽、典型的な看護婦の格好をした女性がそこに立っていた。
「え?あ、ああ…まぁ、そんなもんです。ここの看護婦の方ですか?」
慌てて返答をした祐一だったが、はっと気付く。
(病院の中でナース服着てる奴で、看護婦以外の奴がいるわけないじゃん…)
自分の質問の馬鹿馬鹿しさに、思わず赤面する。
しかし、その看護婦は特に気にならなかったらしく、親しげに話し掛けてきた。
「あ、はい、そうです。当病院の看護婦をしております、宮崎と申します。どうです?この桜。びっくりなさったんじゃないですか?」
まさか、『こういうことには慣れてますから、特に驚きはしないですよ』などと言えるはずもなく、ありきたりの言葉を返す。
「そうですね、はは…。この季節に満開ですもんね」
「でしょう?私も春からこの桜を見てますけど、この季節まで咲きつづけるなんてね」
傍から見れば見物客と看護婦の微笑ましい世間話に聞こえるが、祐一の頭の中はこの看護婦に会ってからずっと、
フル回転している。
(何とかしてこの木の情報を掴まねぇと。しかし、どうやって切り出す?それが問題だよ…)
などと祐一が思案していると…
「宮崎さぁ〜ん!」
どこからか可愛らしい少女の声がした。
「あら…栞ちゃんだわ」
そう言った看護婦の目線の先には、車椅子を一生懸命こいでこっちにやってくる少女の姿があった。
「患者さんですか?」
さして興味もなさそうに祐一が聞く。
「ええ。ちょっと重い病気で…。でも、一生懸命治療を頑張って、最近はずいぶん良くなってきたんですよ」
看護婦の応えに鷹揚に返事をしていた祐一だったが、少女がこちらに着いた途端に、ある異変に気付いた。
(ざわついてやがる…)
先ほどまで頑なに無表情(?)を保っていた桜の木が、一瞬ざわつきを見せたのだ。
それは、明らかに動揺した証。
(なるほど…、どうやらこの子が原因のようだな…。少しつついてみるか)
祐一は、看護婦の隣にいた少女に話し掛ける。
「えっと、栞ちゃん…だっけ?君はこの病院は長いのかな?」
祐一の言葉に『この人誰?』といった表情で看護婦を見る栞。
それを察したのか『見物客の人よ』と教える看護婦。
それで納得したのか、漸く祐一に言葉を返す。
「え〜っと、はい。もう2年ぐらいになるかな」
長いな。
祐一は目の前の少女に少し同情した。
が、今は仕事が最優先だ。
「そうか…。でも、そんな栞ちゃんから見てもやっぱこれには驚いたっしょ?」
はい、驚きましたと言われればそれまでなのだが、事態はそこまで最悪ではなかったらしい。
「いいえ。桜さんは私のために咲いてくれてるんですよ♪約束を守ってくれてるんです!」
自身満々という表現がぴったりくるだろう、そんな話し方だった。
(かかった!!)
心の中で快哉を挙げる祐一。
しかし、看護婦にはどうやら耳タコの話らしい。
「栞ちゃ〜ん、またその話?」
「だって本当なんだもん。私が、この桜さんに『桜さんが花を咲かせ続けていてくれたら、私も頑張れるのになぁ』
って言ったから、今も咲き続けていてくれてるんですよ、きっと」
なるほど、そういう話か。
祐一は納得した表情で頷いた。
が、問題はここからだ。
少女に自分の話を聞いてもらわなければならないが、今話すのはまずい。
普通の人に信じてもらえる話ではないから、この栞という子には二人きりでゆっくり話をしたいし、
なにより、この看護婦が自分の話を聞けば、まず間違いなく自分が病院に入れられる羽目になる。
「へぇ。その話もっと聞きたいな。俺と話する時間はある?」
とりあえず無難に切り替えしてみる。
「え〜っと、私は大丈夫だけど、宮崎さんは…?」
「私は仕事があるからこれで失礼するわ。ま、あなたは信用できるタイプの人みたいだから。でも栞ちゃん?
襲われそうになったら大声あげるのよ(笑)」
そう言って看護婦は病院の中へと戻って行った。
「何気にひどいこと言いやがるな、あの人」
そう祐一が呟くと、栞はおかしそうに笑った。
「宮崎さんは私のことすごく心配してくれてるから…」
そう言う少女の表情からは重い病気だということは感じられず、幸せそのものといった感じだった。
「それで、さっきの話なんだけど…」
そう言って祐一が切り出す。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
「…なるほどね、木と約束か」
二人で木の傍のベンチにこしかけながら、祐一は栞の話を聞いていた。
「そうなんです。でもみんなひどいんですよ?ちっとも信じてくれないし、中には私を子供扱いする人もいたんですよ!?」
実際子供だろう?というツッコミを飲み込んで祐一は応える。
「なるほどねぇ…。でも、俺は信じるけどな、その話」
「本当ですか!?」
喜びと驚きが半々といった表情で栞が祐一を見返す。
「ああ。まぁ、俺は植物の変わり種っつーか、異変っつーか、まぁ、そんなのを色々と見てきたもんでな。
何度も見ていくうちに経験からっつ―か、植物にも心があるんじゃないかと感じてな。だから、栞ちゃんが思ったことも
分かるような気がするんだ」
慎重に言葉を選びつつ、栞に説明する。
重要なのは、ここで自分には力があるから植物の気持ちがわかる、などとは間違っても言わないことだ。
どんなにメルヘンな人間でも、さすがに力なんてものを話に持ち出しては信じてもらえない。
「へぇ…」
栞が感心したように呟く。
祐一が納得してもらえたかと安心したのも束の間、栞の次の言葉でがっくりとする。
「祐一さんて、意外とロマンチストなんですね♪見かけによらないですよね〜(笑)」
「え?あ、いや、あのな?」
いつも自分の説得の下手さに頭を悩ます祐一だが、やはり、今回も失敗のように思えた。
「でも、私もそういう考え方好きです。それに、私も信じてますから。きっと桜さんが私の願いを聞いてくれたんだって」
呆気にとられる祐一。
自分の感覚と同じ立場に引き上げることで(説明により)会話を成立させることができたことは何度かあったが、
いやまさか、最初から自分と同じような立場の考えを持っている人間がいたとは。
こんな考え方をできるのは、「ハナモリ」でなければ、
(相当頭ん中メルヘンなガキだな)
と、いうことだ。
しかし、とにかく話を続けることができる。祐一は思いきって話の核心に触れてみることにした。
「でもな、栞ちゃん。花が咲くってことはいつか散るってことなんだ。本来ならこいつは4月の中旬頃には花を散らす
予定だった。でも、栞ちゃんのお願いでまだ咲いてるんだが…。花を咲かせるには膨大なエネルギーを必要と
するんだよ。つまり、この桜は、今年使う予定だったエネルギーを大幅に超過する形で消費していることになる。
それは、来年使う予定だったりそのもっと後に使うものだったりな。結論を言うと、この桜はエネルギーの使い過ぎで
もうすぐ死ぬ。意味、分かるよな?」
祐一にしてみれば、近来稀に見る出来の論説だった。が、
「祐一さん。祐一さんって分からない人ですねぇ。幻想的なこと言ったり、現実的なこと言ったり。でも、その考え
ハズレですよ。この前植物学者の方がこの桜を調べに来たんですけど、木自体にはなんの変調もないって
言ってましたから」
栞は祐一の言うことを解してはいなかった。
(それは当たり前だ!今回の事は植物の健康状態から分かるもんじゃない。植物の持つ、生命エネルギーの量を
見なければ分からない事なんだ!)
と言いたい祐一だったが、このことを言ってもきっと無駄である事は、祐一の経験から言ってもほぼ間違いない。
「確かに外見ではそうだが、この桜が死ぬというのは本当なんだ!いや、説得力がないのは自分でも自覚しているけど、
頼む、この桜を助けてやれるのは君だけなんだ!!」
もう理論などお構いなしに栞に懇願する祐一。
が、栞の反応は冷たいものだった。
「そんなこと言われても…。えと、私、そろそろ病院に戻らないといけないので失礼しますね」
明らかにひいていた。
その態度に、祐一の頭がカッと熱くなる。
「ちょっと待ってくれ!君がどういうつもりで言ったかは知らないが、君の我侭から出た安易な一言で、
この木は死んでしまうんだぞ!木が死んでしまってからじゃ遅いんだ!君はこの木が死んだ後で
何か責任が取れるのか!?」
言ってから、祐一は後悔する。自分の悪い癖だ。カッとなるとつい、相手を責めるようなことを言ってしまう。
当然、栞の態度は更に硬質化した。
「…我侭、ですか?確かにそうかもしれませんね。でも、あなたが私の病気の何を知っているって言うんです!?
どれだけ苦しかったか、どれだけ怖かったか、どれだけ寂しかったか、分かります!?何も知らないくせに…!!
何も知らないくせにどうして安易だなんて言えるんです!?」
迂闊だった。この少女が何故桜に約束なんてものをしたのか、その理由を考えようとしなかった。
少女にだってそれ相応の理由があるのは当たり前のことではないか。
そうでもなければ、あの木が命を賭けてまで約束を守る必要など無いのだから。
「すまん…いまのは失言だった…。でもな…?」
おろおろしながら弁解する祐一だったが、既に栞は祐一の話を聞く気はなかった。
「失礼します。祐一さん…最低ですね」
そう冷たく言い放つと、栞は院内へと戻って行った。
一人取り残される祐一。
「なぁ、どうすりゃいいんだろうな…」
ポツンと、祐一が呟く。
それは木に投げ掛けた言葉だったのか、それとも自分に問い掛けた言葉か。
しかし、その疑問に対する答えが返ってくることはなかった。
そしてその夜。
祐一は再び病院の中へ踏み込もうとしていた。
当然正門は既に閉め切られており、門番らしき人影も見える。
祐一は病院の裏手に回り、壁をよじ登って病院の敷地内に入ろうとしていた。
(客観的に見て、俺は今、絶対に怪しい…)
誰かに見られれば、最悪、明日の朝日は鉄格子の中から拝むことになる。
うら若き身で、そんな経験は勘弁してもらいたいが、とにかく今は、何か突破口が必要なのだ。
明日には帰らなければならないし、祐一に残された時間は少ない。
「とにかく、なんとかする方法を考えないとな…何かあんだろ、方法くらい…」
そう言いながら桜の傍に再びやって来た祐一だったが、結局出来る事と言えば、桜を眺めることくらいだった。
(何か方法があるか…?)
自問自答する祐一。
「…ないねぇ、残念ながら…。治療法は、栞以外にはあり得ねぇんだよな…」
ぼんやりと眺める先の桜は、月明かりを受けて神々しいまでに美しく、そして、儚かった。
どれくらいの時間、そうしていただろう。
ふと、祐一が桜から目を離すと、一人の少女が月明かりの中に立っていた。
いや、立っていたという表現は誤りだ。
彼女は車椅子に座っているのだから。
「栞…?」
祐一は信じられないものでも見たかのように、栞を凝視した。
「お前、何でこんなところに?」
しかし、祐一の問いには答えず、栞は桜の木を見上げ続けていた。
しばらくそのまま時間が過ぎ、月が雲に隠れて辺りが暗くなったとき、不意に栞が話し出した。
「綺麗ですよね…」
祐一は何か応えようとしたが、上手い台詞が浮かんでこなかったので、無言で頷いた。
「この綺麗な姿を、いつまで見せてくれるんだろう…。長ければ長いほど良いけど…。って思ってました」
祐一は黙って栞の話を聞いていた。
「咲き続けていてくれたら…そんな奇跡が起こるなら、治る見込みがほとんど無いって言われたわたしの病気だって、
治るかもしれないじゃないですか…」
そう言うと、栞は祐一を見た。
「祐一さん、知ってます?奇跡は、起こらないから奇跡って言うんです。…そんなこと、誰だって知ってますよね。
でも、身近にこんな奇跡みたいなことが起きたら、信じちゃうじゃないですか…自分だってもしかしたらって」
そう言う栞の表情は、昼間見た幸せそうなものではなく、今にも消えてしまいそうな、儚く、寂しげなものだった。
(俺は…植物の心はちっとは分かるのに、人間になるとさっぱりなんだな…)
その気持ちは、自嘲とも、後悔とも言えた。
その気持ちを振り払い、祐一は口を開いた。
「まぁな…そりゃ奇跡なんてあるわきゃないわな…。世の中に起こってる事で、原因や理由の無いものなんて
ありはしねぇよ。今回の桜もな。なんの理由もナシに都合のいいことが起こったら、そりゃ楽なんだろうけどな」
祐一の言葉に、栞は苦笑する。
「ほんと、祐一さんって冷たいですよね。慰めるってこと知らないんですか?」
「ああ、俺は慰めは言わない主義だ。んなもん言っても何の役にも立たんしな。でもな、栞。奇跡は確かに起こらん
だろうけどさ、人にそんなもんはいらないよ。人ってのはな、本人が望んで努力すれば、叶えられないものなんて、
ないんだ」
栞は、暫く何も言わなかった。
そして漸く口を開く。
「そうかもしれないですね」
「ああ」
祐一もそれに応える。
「あ、でも、望んでも無理なものは無理って言ってる人も多いですよ。その人達にはなんて言います?」
冗談めかして栞が尋ねる。
「あー?それは本人の努力が足りなかっただけだろ。もしくは、そこまで本気じゃなかったってだけの話だ」
祐一の言葉に栞はクスリと笑う。
「やっぱり祐一さん、冷たいですね♪」
「そうか?」
「ええ、非情です」
笑ってそう言う栞。
そして、祐一に告げた。
「祐一さん、祐一さんは冷たくて、無神経で、お馬鹿さんですけど、嘘をつく人ではないと思います」
(何気に酷い言われようだな)
ちょっと落ち込む祐一。
「そう思うから、もう一度、祐一さんに聞きたいんです。この桜が…もうすぐ死ぬのは本当ですか?」
栞は真剣だった。
「そして、私なら、その桜を助けることができるというのも、本当ですか?」
「本当だ」
少しの間を置いて、祐一が答える。
「だったら、私は助けたい。桜さんに死んで欲しくないです」
「そうか」
「はい」
それを聞いた祐一は、桜に目を向けた。
「だ、そうだ。聞こえなかったわけじゃないだろ?お前、この子の気持ちを無駄にすんのか?」
だが、桜はざわめきながらも、花を散らそうとはしなかった。迷っているのだろうか。
(チッ、この頑固者が…っ!)
祐一が更に話そうと口を開ける、が、栞の声がそれを遮った。
「桜さん!私と…もう一度約束をしてくれませんか!?私…来年の春には絶対病気を治して元気になってますから!
だから、その時にもう一度綺麗な花を咲かせてくれませんか!?すごく我侭なお願いだけど、私、桜さんとの約束、
守れるように一生懸命頑張るから!!」
栞がそう言った、その瞬間。
ブワッ・・・・・・・・・・・・・!!
数え切れないほどの薄紅色の花びらが宙を舞った。
何時の間にか雲を出ていた月がそれを照らし、花びらが、まるで、光の粒のように輝く。
「きれい…」
それは例えるなら光の雨。
少女と、自らの間を繋ぐかのように、その花びらを散らせていく。
その光景を眩しそうに見る祐一。
「やれやれ…。散々苦労させた上においしいとこ総取りかよ。相当根性悪ぃーな、あの野郎」
憎まれ口を叩くが、やはり嬉しさは隠しきれなかった。
これだから、この仕事は止められないのだ。
降りしきる桜の花びらは、いつまでも止むことなく少女を包み込んでいた…。
次の日、病院は朝から騒がしかった。
あれほど見事に咲いていた桜が一日で花を散らしてしまったため、新聞記者やらが詰め掛けているのだ。
桜を囲むようにして写真を撮っているカメラマン達の群れから少し離れて、祐一と栞は桜を眺めていた。
「やれやれ、奴らの情報網も大したもんだよな。昨日の今日だぞ?」
「恐るべし、マスコミ、ですね。でもみんな桜が散った本当の理由なんて分からないだろうな」
「はは、そりゃそうだ。大体、言っても信じやしないだろ」
「そうですね…」
栞は「んっ!」と両手を組んで伸ばした。
「来年の春まで10ヶ月ちょっと。頑張らないと♪」
「そうだな」
祐一は頷いて、肩の荷物を背負いなおした。
「んじゃ、俺はそろそろ失礼するわ」
「え?もう行っちゃうんですか?」
驚く栞。
「ああ、一応コーコーセーなんでな。明日は学校だ」
「そうですか…私も早く復学したいなぁ」
「ま、焦んな。栞は知らないかもしれないけど、高校もそんな楽しいところじゃねーしな」
そんな祐一の言葉に栞は「はい?」といった顔をする。
「祐一さん、確かにそんなに通ってはいないですけど、一応どんなところかは把握してるつもりですけど」
今度は祐一が驚く番だ。
「は?…栞お前、歳いくつだ?」
「祐一さん何年生です?」
「俺は高2だけど…」
「だったら私の一つ上ですね♪」
あがー。と音がするかの如く口を開ける祐一。
(小学生か、最悪中学生だと思ってた…)
そんな祐一を、ジト目で睨む栞。
「祐一さん、私のこと、いくつだと思ってたんです?」
「え、あ、ははは、もうちっと若いのかと思ってた(汗)」
完全に気圧された祐一はしどろもどろに弁解した。
「どうせ、小学生くらいだと思ってたんでしょ?」
(ビンゴ!とは言えんわな、やっぱり)
「口に出てますよ祐一さん(怒)」
慌てて口をふさぐ祐一。しかしもう遅い。
「そんなこと言う人、嫌いですよ」
そう言って祐一に背を向ける。
「いや、すまんしお…「祐一さん」」
祐一の言葉を遮って栞が祐一を呼ぶ。
「な、なに(汗)」
ビビる祐一。
「来年の春、祐一さんも来てくれませんか?私の元気な姿を見せたいから」
思わぬ言葉に呆気にとられる祐一。だが、ふっと笑って頷いた。
「ああ、必ず行くよ」
「絶対ですよ」
「ああ、約束だ」
そして、そのまま祐一は去った。
だから、祐一は知らない。背を向けて喋っていた栞の顔が真っ赤だったこと。
でも、栞も知らない。祐一がいとおしそうに栞を見ていたことを。
今日も天気は最高だ。
電車の中が気持ち良いだろうな。
澄み渡った空を眺めながら祐一はそんなことを考えていた。
あなたは花や木の声を聞いたことがあるだろうか?
普通の人には聞こえないけれど、花たちは花たちの方法で、喋ることができる。
いや、「喋る」という言葉は正確ではないけれど、とにかく、植物も意志を持っているのだ。
人間の中にも、その”声”を聞くことの出来る者がいる。
彼らは「ハナモリ」と呼ばれている。
これは、そんな「ハナモリ」の、ある男のお話。
後書き
ペペ「やっちゃった、それやっちゃった♪」
祐一「テンションたけーな」
ペペ「書いててここまで意味わかんなくなったのは初めてっす!!」
祐一「誇るな」
ペペ「いつかリッベンジッ!それリッベンジッ!」
祐一「ところでさぁ」
ペペ「ん?なにかななにかな?」
祐一「蟲師ってマンガ知って…「ノォォォォオオオ!!!!!!」」
祐一「やっぱそうなんだな…。それであれだから恥ずかしくてしょうがないんだな…?」
ペペ「俺が悪かったぁぁぁああああ!!!」