雪が降っていた。

重く曇った空から、真っ白な雪がゆらゆらと…。

「ゆらゆらと、じゃねぇなぁ…」

はぁ、と溜息をつきながら呟く。

「もはや吹雪と呼ぶにふさわしいですね」

「冷静だな、栞」

「慌ててもしょうがないですから」

栞の言葉にもう一度溜息をついて、辺りを見渡す。

そこに白以外の色はなく、聞こえる音は吹雪にふさわしく、すさまじい轟音。

そして、

「めちゃくちゃ寒い…」

「改札の方まで戻りましょうか?」

栞の言葉に従い、改札口のところまで戻る。
暖かいとは言えないが、それでもまだホームにいるよりは幾らかましだった。


「くそ…。こんなはずじゃなかったんだけどなぁ…」


俺の呟きは、俺達以外誰もいない駅に空しく響き渡った。





                   2月1日、天気予報、晴れ。





何故俺達が駅なんぞに来ているのか。
まずはそれを説明しないといけないだろう。

何てことはない、ただちょっと買い物しに電車を利用して隣の市まで行き、そこでついでに食事でもするか、
と栞と約束していたからで、別にそれ以上の意味はない。

いや、まぁちょっと他にも理由はある、が、それは今の状況とはさほど関係ない。

まぁとにかくそういう経緯で駅へと向かったわけだ。

駅へ行くまでは降っているといってもはらはらとくらいで、天気予報晴れなんて嘘じゃねぇかとは思いつつも、
特に何の心配もせずにいたわけだ。

それが…これだ(汗)

もうすぐ駅に着くって時にいきなり降り始めやがって。
その後はご覧の通りだ。

電車は二時間以上の遅れ、もしくは運休。
来ていた他の乗客はそれを聞いて帰ってしまった。

俺達も帰ってれば良かったんだが、電車が全て運休じゃないところに一抹の期待を持って待つことにしてしまった。
しかし、吹雪はひどくなるばかり。
やべぇ帰るか、と思った時には既に手遅れ。外に出るのも危険な状況になってしまっていた、というわけだ。

そして現在、陸の孤島と化した駅に二人して閉じ込められているわけだが…

「暇だな」

他にも思うところは多々あるが、今切に思うのはこれだ。

「そんなこと言ってもしょうがないじゃないですか。この駅、何もないんですから」

栞はにべもない。

「確かにそうだが…やろうと思えばここでも十分に楽しめるぞ(ニヤリ)」

「な…何ですかその邪悪な笑みは…(汗)」

「なぁ栞。今この場所には俺達二人しかいない。つまりここで俺達が何をしようと見咎める人間はいないわけだ」

つまりは、まぁ、アレだ。

「……。なんとなく意図は読めましたけど却下です。大体、『私達だけ』じゃありません、駅員さんもいます」

まぁ、予想通りの答えを返してくる栞。
だが、ここで引き下がっても面白くない。

「ええ〜っ!?良いではないか〜。駅員なんて案山子みたいなもん、いてもいなくても変わんねぇって!」

言ってることかなりムチャだが、ノリだ、ノリ。

「祐一さん、本気で言ってるんですか…?」

負のオーラを全身に纏わせながらこっちを睨む栞。
その迫力に気圧されしてしまう。

「ん〜っと、…8分の5本気?」

昔懐かしいチップスの如くに微妙な上疑問系、俺の敗北は必死に見えた。が、

「はぁ…。別に私は構いませんけど?祐一さんがコレを飲んでくれるなら」

予想外の返答に脳みそ薔薇色になりかけた俺だったが、栞の手の平に乗ったブツを見て凍りつく。

「あの…、栞サン、これは?何かの錠剤のように見えますが…」

「これですか?祐一さんの言う通り錠剤ですよ♪」

天使の微笑みで返してくる栞。
マズい。こういう時は大概、いいことが起きない。

「あ、あの、効用は?」

「効用ですか?とっても素晴らしいですよ♪飲んだ瞬間速攻でトリップ、数秒で脳みそアジャパにしてくれます♪」

…この少女が俺の恋人となってまる一年が過ぎようとしている。
その間、何度となく思ったが、改めて今思う。

この女は危険だ。

大体、アジャパって(汗)

「な、何かここでアレってのもひ、人としてどうかとも思うのでやっぱ止めようかな〜と思うんですがどうでしょう、栞さん?」

薬がなくても恐怖で頭がアジャパになりそうだ(汗)

「分かればいいんです♪」

得意げな栞。

何か、あらゆる意味で敗北感だ。





しばらく、何をするでもなく改札口の近くのベンチに座っていた俺達だったが、ふと、気になることがあった。

「そういや栞さ、買い物って何買いに行くつもりだったんだ?」

「え?今日ですか?」

「そう。大体は商店街で済ませちゃうのにさ」

「えっと…ジャムです」

その言葉に再び凍りつく俺。

「あ、甘い奴だろうなっ!?」

「??甘くないジャムってあるんですか?」

そ、そうか。栞は知らないんだったな…。
ジャムと聞けば邪夢と自動変換されてしまうほどに、俺にとってジャムがトラウマとなっていることを(汗)



甘くないジャムもありますよ…。

ありますよ…。

ますよ…。


「ぐあぁっ!!オレンジがっ!!オレンジの行進がぁっ!!止めてくれ〜(泣)」

「祐一さんっ!?あ、ダメだ、逝っちゃってる。オレンジジャム嫌いなんでしょうか…。じゃ、オレンジはボツですね」

「いや、栞、そんな冷静に分析されても(汗)まぁ、オレンジは色で死んでしまうかもしれんから違う方がいいけど」

って、俺に何か作ってくれるつもりだったのだろうか?

「なぁ、そのジャムって何に使うつもりなんだ?」

「え!?えっと…(赤)」

何故か顔を赤らめる栞。

「何だよ、恥ずかしいことなのか?」

「ち、違いますよっ!!あ、いや、ある意味そうかもしれないですけど…」

「???」

しばらく目を泳がせながらあーとかうーとか言ってた栞だったが、意を決したのか、漸くこっちを向いた。


「…も、もうすぐバレンタインじゃないですか。だから、その材料に、と思って(赤)」

あ、そか。

「でも、ジャムをどう使うんだ?チョコアイスにジャムかけるとか?」

「もう、私だっていつでもアイスじゃありませんっ!!チョコの中に入れようと思ってただけですっ!!」

あぁ、あるな、そういう奴。

しかし、わざわざ隣の市まで買い物に行く理由が俺のためとは、なかなか可愛い奴よの。

「でも、ジャム買うなら商店街にもあったんじゃないのか?」

「私は素材にこだわるんです。それに…」

「それに?」

「それに、せっかくの大切な日なんです。いつもと違う場所で祐一さんと楽しみたかったから」

そう言って、とても素敵な笑顔を俺に向けた。


そう、やっぱり、確かに危険で、冬でもアイスを食って、20mの雪だるま作りたいなんて言う、かなりイってる
女の子ではあるけれど。

やっぱり栞は俺にとって最高に可愛い彼女であるわけだ。

その笑顔にこんなにも惹きつけられてしまうのだから。



「そっか…。そうなるとこの雪がますます悔しいよなぁ」

「そうですねぇ…。でも、去年も雪の中だったじゃないですか」

そう言って栞は笑う。

「だな…。去年もたくさん降ってたよな」

「そうですね、ここ、雪国ですから(笑)」


栞の言葉を聞きながら、ふと、あの時の記憶が蘇ってきた。


雪の上に横たわる少女。

その上に降り続ける、雪。

12時を差す、公園の時計。

どうしようもない恐怖と、理由も分からない焦り、そして悲しさに逃げ出しそうになりながらも、
俺の近くで笑ってくれている少女の気持ちに応えたくて、
必死で涙をこらえて、笑おうとした。

去年の今日。

忘れられない、思い出。

忘れてはいけない、思い出。



それでも、あれから一年が経って、あの時の思い出を、笑って話せるようになった。

それだけ、時間が経ってくれた、ということだろうか。

でも、確かに忘れてはいけない記憶だけど、それを忘れてしまうようになったらそれはすごく幸せなことなんだろう。

それは、これから作るたくさんの思い出に埋もれてしまった、ということなのだから。



「祐一さん?」

栞が不思議そうな顔をして俺の顔を覗き込んでいた。

「あ…、悪い。ちょっと物思いにふけってた」

「いいですよ。それに、ぼーっとはしてたけど、すごく優しい顔してましたから」

「そうか?」

「はい♪」

ちょっと照れくさくなって、頬をぽりぽりと掻く。



「…なぁ、栞。あれから…一年たってさ、俺ら、何か変わったかな?」

「え?そうですね…」

む〜っと考え込む栞。

「えっと、祐一さんはいまいち何も変わってない気がするんですけど…」

「ひでぇな、そりゃ」

「あはは、ごめんなさい。でも、私は変わったと思いますよ?」

「どのへんが?」

「そうですね、。すごく幸せです、今」

そう言って微笑む栞。

「…………。」

「祐一さん、祐一さんがいるから私、本当に心から笑っていられます。…ありがとう」


「…ったく、恥ずかしい奴だな」

「ええ〜っ!?せっかく心を込めて言ったのに〜」

もう、と言って頬を膨らませる栞。


…ごめんな。

違うんだ、栞。

俺もなんだ。

栞がいるから今の俺がいて、栞が笑ってくれるから、俺も笑っていられるんだ。

ほんとにありがとうって言わなきゃいけないのは俺なんだ。

世界で一番、大切な人、なんだ。


「もう、せっかくドラマみたいだなって思って、ちょっとドキドキしてたのに…」

「栞」

「は、はいっ!?」

「これから、もっと増やしていこうな、思い出。ずっと、二人で笑ってられるようにさ」

そう言って俺は微笑んだ。

言えなかった分の気持ちを、出来うる限りその笑顔に込めて。

「……はい」

そう言って微笑み返してくれる栞。


そう、こうやって、たくさんの思い出を二人で作っていこう。
そして、これから二人で生きていく時間、俺は、お前の心の空を曇らせはしない。
いつまでも、雲一つない快晴の空の下を歩いていこう。

…いつまでも、二人で笑って、生きていこう。




「そういや栞、言うの遅くなったけど、誕生日おめでとう」

「うわ、ほんと、遅すぎますよっ!祐一さんっ!!」

「悪い。すっかり忘れてた、はは」

「冗談でも傷つきますよそれ…ってあれ?」

「ん?どうした栞?…って、お」


さっきまでこれでもかと言うくらいに降っていた雪が収まり、雲の隙間から僅かに光も差しこんでいた。


「おおっ!?こりゃ、電車復旧するかもっ!!」

「やったぁ♪私の日頃の行いのおかげですね♪」

「んで、都合よくもさっきまでの天気は俺の日頃の行いだってんだろ?」

「はい♪いいかげん行い正した方がいいですよ、祐一さん♪」

「てめー…そりゃお前の勝手な理論だろっ!!俺は毎日清らかな生活送ってんだよっ!!」

「きゃっ!祐一さん、怒っちゃや〜ん♪」



そう、いつまでも、こうして、二人で、笑って。








2月1日、心の空、快晴。



後書き

書いてて色々と恥ずかしかったけど、とにもかくにも、栞、誕生日おめでとう。

二人の時間が1年たった後のSSなわけですが、ペペがこのHPを作ろうと思い始めたのもちょうど去年の2月くらい。

それからホームページの作り方を勉強して、3月の終わりくらいに始まって。

そしたらいきなり出稼ぎで、半年ほど更新停止。

本格的に始めたのは9月の終わりで。

その間、色んな人達がこのHPに来てくれて。

何時の間にか2000HITで。

びっくりしながらも嬉しくて、頑張らなきゃと気合いを入れなおしている今日この頃。

ほんとにありがとうございます。心から感謝してます。

あ、あと、今回なんで吹雪にしたかってと、こないだ我が地方に雪が降りまして。

とし庵なんかは趣深いとかのたまってましたが外に出てるこっちはあわや凍死じゃわい。

九州で積雪してんじゃねぇよ、おかげで雪降る中電車二時間待ち(汗)

その恨みも込めて、吹雪にしちまいました、えへ♪