私は、人に自分の気持ちを伝える、ということが苦手だ。 でも、だからって感情が欠落した人間という訳ではなくて。 私だって色んな事を考えたり思ったりしていて。 本当はそれをみんなに伝えたいと思っている。 だから。 歌なら。 私の思いを歌詞に乗せて伝えることができるんじゃないか。 みんなに私の気持ちを聞いてもらえるんじゃないか。 そう思うから。 私は歌を歌う。 みんな、私の歌を聞いてくれる? GROOVE!! FINAL GROOVE!! 今日も今日とて学校への通学路を行く俺こと相沢祐一。 今日は名雪が朝練ってことでゆっくり登校できてるわけだが…。 「あ、祐一さ〜ん♪」 悪夢がやってきた。 佐祐理さん&舞が現れた!! くそっ!HPも後僅かだってのに!! 「どうしたんですか〜?祐一さん、微妙に顔色が悪いですよ?」 「無理は良くない」 俺の気持ちも知らず、そこのけそこのけ佐祐理が通るといった具合で俺に突進してくる佐祐理さんたち。 いや、朝から美人二人と遭遇、そして登校なんて普通に考えたら夢みたいなことだ。 しかし、最近この人達と会話をしていて精神上あまりいい影響を受けたことがない。 「あ…いや別に。早いな二人とも」 「あははーっ!そうですかー?やっぱり気合いが違いますから♪」 「・・・・・・(コクコク)」 気合い?登校するのにも気合いが関係すると? 「あー…まぁ…気合い入れて登校するのも悪くないですかねー」 と、当たり障りのない返答をしたところ。 「え?何言ってるんですかぁ祐一さん!もうすぐ学園祭じゃないですか!!そのための気合い、ですよ」 おお、そう言えば一ヶ月後は学園祭があるんだったな。 俺にはなんの関わりもない行事だったからすっかり忘れていたが。 でも佐祐理さんて意外にそういう行事に燃えるタイプだったのか。 「あ、そうだったな。で、佐祐理さんのクラスは何やるの?」 典型的なところで喫茶店とかか? 佐祐理さんがウェイトレスやるってなら行ってみてもいいなぁ。 などと。 俺の甘い考えを見透かしたように佐祐理さんは仰った。 「…祐一さん?学園祭なんですよ?バンドに決まってるじゃないですかぁ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「ん?どうしたんですか祐一さん?」 「佐祐理さん、あのですね。学園祭でそういった出し物は例年なかったと聞いてますが?」 いや、分かってる。 どんな解答が返ってくるかなんて。 だけどやっぱり聞かずにはいられないだろ? 「あぁ。何かですねー、校長が急にバンドを見たくなったらしいんですよー。それで急遽、今年から開催されることになったらしいです♪」 「・・・・・・・・・(コクコク)」 「…そうすか。…佐祐理さん、今回は校長に何て言ったんです?」 犯人は間違いなくこの人である事は周知の事実だ。 だが、仮にも我が校の校長を屈伏させるだけの理由とは何か、気になるじゃないか。 「え?佐祐理は何も。ただお父様にたくさんの人の前で演奏したいな、そう言えばもうすぐ学園祭だね♪って言っただけです」 み〜んなを自由にっ!操りた〜いな〜♪ はいっ♪地位と権力〜♪ ですね。 まさか保護者まで利用…もとい、保護者の力を借りるとは。 「あー、それで佐祐理さんの『♪』に負けたお父様が超法規的な手段に出た、と」 「あははーっ♪佐祐理はちょっと頭が悪いですからその辺は分かりませんー♪」 「・・・・・・・・・・・・(コクコク)」 ・・・・・・・・・・・・・確信犯だろ(汗) 地獄の登校を終えて教室へ。 胃、胃に穴が…(泣) 「おはよう、相沢君。学園祭にバンドで出るんですって?」 「ぐっはぁ!?なぜそれを…」 教室に入るなり香里のこの言葉。 あ、もうダメだ、ホントに穴開く…。 「学校中にポスター貼ってあったもの。でも、何か浮かない顔ね?北川君なんて飛びまわって喜んでたわよ?俺の春が来たーって。まぁ、確かに頭には春が来てるわね」 やはり香里は何気にキツイな。 まぁ、だが確かに普通に考えたら喜ぶことなんだろうが。 佐祐理さんの行動を見ている俺としては、いつかしっぺ返しが来るんじゃないかと気が気じゃないのだ。 しかも、それは佐祐理さんをスルーして俺だけにやって来そうな気がして…(汗) 「いや、まぁ色々とな。ところで香里、俺らがライブするってなら来てくれるか?」 やっぱやるからには客が来ないことにはな。 「当然♪名雪は言わなくても来るでしょうけど、クラスの子とか栞を連れて見に行くわよ」 頑張ってね、と言う香里に『おう』と返す。 あー…、こりゃもうやるしかねぇな。 昼休み。 いつものところで作戦会議。 「で、だ。佐祐理さん、やるのはいいとして。それならそれで客の呼びこみとかは大丈夫?」 聞くところによると会場は体育館らしい。 がらんとした会場じゃ泣きたくなってくるからな。 「大丈夫ですよ祐一さん♪既に50人くらいの予約があります」 胸を張って答える佐祐理さん。 「おお!?そりゃすごいな。さすが佐祐理さん、人脈ってもんが違うね」 「いえいえ〜♪人脈と言っても身内ですから〜」 「いやいや大したもんだ…って身内!?」 すっげーヤな予感がひしひしひし。 「ええ。お父さんとお母さんと…」 「ご両親がいらっしゃるっ!?てことはまさか…。残りは黒服の方…なんてことはないよね?」 「いいえーまさかー♪それじゃ目立ちすぎるじゃないですかぁ♪」 「だ、だよねー!いやーちょっと嫌な汗が出ちゃったよ…はは」 「服は何か、緑とかー黄色とかー、そんな色がごちゃ混ぜになってる感じのデザインでした♪」 「・・・・・・・・・・・。あの…それって迷彩服って言うんじゃ…」 「あ、そうですそうです♪そんな名前でした。祐一さんよく知ってらっしゃいますねーっ!」 あなたも知ってて言ってるでしょう…? 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私設軍隊?」 にっこり。 満面の笑みで答える佐祐理さんがそれを肯定していた。 「さ、佐祐理さん…。それだけは勘弁してもらえないっすかね?」 「ふぇ?どうしてですか?」 「他のお客さんがドン引きですよ」 「そうですか?」 「ええ」 「んー、分かりました。お父様には伝えておきます。『祐一さんが』仰っていたと♪」 ・・・・・・・・・・・。 何故に俺の名前を強調するんすか(汗) 何か一歩一歩、だが確実に破滅の道を歩んでる気がするな(泣) 「あ、それよりも祐一さん、出演決まったんですからもっと練習しないとですね。今日から毎日、放課後も練習しましょう!」 「あぁ、それは俺も思ってたから。そうしましょうか」 「ええ♪それじゃ、ゴキブリ野郎にも伝えといて下さいねー♪」 そう言って去って行く佐祐理さん。 ゴキブリ野郎…北川か。 まぁ佐祐理さんとしては触角からの連想なんだろうが、すぐにピンと来てしまったところ、悲しいな。 その日、練習を終えて水瀬家へ帰り着くと、真琴の質問責めが待っていた。 夕食をみんなで取りながら説明してやる…が。 「そういや真琴、お前それどこで聞いてきたんだよ」 「え?美汐に聞いたの。ねぇ祐一〜、真琴もばんど、やりたい〜!!」 何も知らないくせに好奇心だけは人一倍だ、このガキは。 「生徒じゃなきゃ無理だよ。まぁ学園祭だから見に来る分には構わないだろ。来るか?」 「「行くーっ!!」」 真琴に加え、名雪まで返事をする始末。 「お、名雪も来るか。香里も来るって言ってたからさ。一緒に来い」 「うん、そうするね♪祐一の勇姿をしっかり写真に収めて来るから♪」 それは止めてくれ。 「ねーねー秋子さん、秋子さんも一緒に行こーっ!!」 駄々をこねる真琴に秋子さんも頷く。 「そうね、あゆちゃんも誘ってみんなで行きましょう。祐一さん、いいですよね?」 「もちろんですよ。しかし、こりゃヘタなもんは見せられなくなってきたなー」 「ふふ♪頑張って下さいね」 秋子さんの言葉に俄然やる気も出てくる。 よっしゃ、いっちょやってやるか!! 「いらっしゃ〜い!!ヤキソバどうですか〜?」 「茶道部の野点はこちらです〜!!一休みして行かれませんかぁ?」 「演劇部、公演一回目は10時から、講堂でやってます!!是非見に来て下さい!!」 学園祭当日。 ウチの高校は結構学園祭に力を入れているらしく、なかなかの盛り上がりを見せていた。 「あ、祐一さん!!おはようございますっ!!」 学校に到着した俺を迎えてくれる佐祐理さん。 心なしか声が震えているように感じる。 意外に緊張してるのだろうか。 「あ、おはよう、佐祐理さん。俺らの出番って何時からだっけ?」 「一時からです。でも、その前に何度かリハーサルをしておきたいと思って」 「ん、そだな。舞は?」 いつもは佐祐理さんと一緒の舞が見当たらない。 「舞は集中したいからって体育館に行っちゃいました。あと、ゴキブリさんはその辺をブラっとしてから来るって」 すでに人間の名で呼んでもらえなくなったか…。 しかし、アレにさん付けすると妙に気持ち悪いな。 「そっか、佐祐理さんはどうする?その辺回るならご一緒するけど」 「あ、いえ…。佐祐理も今は少しでもギターに触ってたいんで、体育館に行こうかと思うんですけど…」 「うん、じゃ、俺も行くか。ステージの具合とかも確かめておきたいしな」 そう言って、佐祐理さんとともに体育館へ向かう。 30分程して北川も来たところで取り敢えず音出しのチェック。 これで全体の音のバランスを見る。 PAの人達がすでにスタンバイしてくれていて、すぐに音出しできる状態にあった。 「すいませ〜ん、ドラムの方、まずはスネアから音くださ〜い」 まずはドラム、ベース、ギター、ボーカルと順番に音を出して行って、全体で1コーラスほど演奏してみる。 「んー、ちょっとベースの返し薄いかなー。もうちっと上げてもらえます?」 「ボーカルの返し、ちょい上げで」 と、俺らの要望に逐一応えていくPAの方々。 PAの人達は大忙しな訳だ。 一方では照明もリハーサルに入っていた。 「すいませ〜ん、リーダーの方いらっしゃいます〜?」 照明担当の人から声が掛かる。 「え〜っと、リーダー…」 佐祐理さんを探す。 「祐一さんお願いしますっ!!」 「・・・・・え゛?」 そういやリーダーとか決めてなかったが、ここに来て突然のご指名? まぁ、しかし佐祐理さんや舞はいっぱいいっぱいみたいだし、かといって北川は…。 仕方ないか。 「あ、すいません。リーダー俺です。今日はよろしくお願いします」 「あ、どうもー♪それで、この曲の入りの時の照明なんですけど…」 まぁ開演前ギリギリは、みんなドタバタなのだ。 12:30、控え室。 「ふえぇ〜。何かすごく緊張しますね〜」 胸に手を当てて、どきどき、と声に出して言う佐祐理さん。 おお可愛いぞ!と言いたいが、今の佐祐理さんに言っても逆効果だろうな。 舞は例の如く喋らないし、北川はさっきから『俺の時代…もうすぐやってくる俺の薔薇色…』とか一人でぶつぶつ言ってるし。 バンドというのは四人でやるものだ。 だからこそ、一人の失敗が皆に響く。 特にまだ経験の浅いバンドにとっては一つのミスが命取りだ。 だから、誰一人も、ミスは許されない。 「すいませ〜ん。俺とキルマスィーンのみなさん、準備お願いします!」 来た。 ドクン!と一際大きくなる鼓動。 皆一様に表情が硬くなった。 このまま行くのはちょっとマズイだろう。 一発気合い入れしてからにするか。 「よし、そろそろ行こうか。演る前に一言言っとくと、上手く演奏するのも大事だ。お客さんがいるんだからな。でも、俺らはプロじゃないし、まずは自分たちが楽しむとこから始めよう。それが第一目標だ」 こく。 3人が頷く。 「んじゃ、景気付けにやっとくか、いつものアレ」 練習する前に四人で円陣を組んでやっていた気合い入れ。 人前でやるのは非常〜っに恥ずかしいが、今なら他に人もいないし、いつもの調子を取り戻すって意味でもいいだろう。 「よし、じゃあ行くぞ。…『俺と?』」 「「「キルマスィーン!!!」」」 「「「「よっしゃあ!!!」」」」 幕の閉まったステージに、各々配置に付く。 ざわざわと、人の声が聞えるが、どの程度いるのかは分からない。 嫌が応にも鼓動は速くなって行く。 でも、ここまで来たら後には退けないんだから。 後は、みんなを信じてやるだけだ。 怖い。 ギターを持つ手が震えてる。 だから、その震えを押さえこむように、私はギターを強く握った。 経験はあまり長くない。 でも、一生懸命、この子と頑張ってきたんだから。 だから、きっと上手く行く。 祐一さん、北川さんと目で合図をする。 曲の始まりは私だ。 静かに、私はギターを鳴らす。 焦ってリズムを狂わさないように、しっかりと4フレーズ、アルペジオで。 そしたら、祐一さんが入ってきてくれるから。 私達の曲を、みんなで演奏する。その時まで後少し…。 佐祐理さんと相沢が演奏を始めている。 俺が入るまで後少しだ。 女にモテたい。バンドを始めた理由。 今はそんなこと関係ない。 自分の持てる力を使って、みんなと力を合わせて。 そして俺達の曲を完成させるんだ。 大丈夫だ。上手くいく。きっと、上手くいく。 そら、俺の出番だ!! 三人の演奏が心地よい。 上手く噛み合ってる。 この下地に、私がボーカルとして色を乗せたら、その時にこの曲は始まる。 私の気持ち、三人の気持ち。 一つになるから。 みんな、聞いて欲しい。 閉まっていた幕が徐々に開き、そして、周りの演奏もそれにしたがって大きくなって行く。 それが最高潮に達した時、眩しいくらいの照明が私達を照らし、準備が整った。 さあ、始めよう。 私達が思い描いた、『すてきなこと』を。 「「「「GROOVE!!」」」」 END 後書き あぁ、やっと終わりました、『GROOVE!!』。しかし、最初の方向付けとしてはコメディだったんですが…。 だんだんと薄れて行っちゃいましたねぇ。マイガー。しかし、結果的にはこれで良かったのかもな。 収まるところに収まったと言うか。 ありがちありがち。 さてGROOVE。和訳で「すてきなこと」という意味もあるこの言葉ですが。 みなさんは最近『すてきなこと』経験してますでしょうか。 本当は日々、色んなトコに転がってるんだろうけど、意外に感じることの少ないペペ。 汚れっちまってるぜ。 この話を読んで、今までのすてきな経験を思い出すきっかけに、少しでも役に立てたなら幸い。 と、11月中(学園祭シーズンに出したかった…)に出すつもりが12月の今ごろになって載せたペペは思いましたとさ。 |