照り付けるような陽光と蝉時雨が夏の到来を告げる。

道路に撒かれた水もすぐに乾いていしまうような、とても暑い日だった。

そんな中を歩く人影が二つ。

「往人さ〜ん、早くっ!」

少女の声に今まで俯いて歩いていた青年が顔を上げる。

「観鈴…やっぱ帰らないか?死ぬぞこの暑さは…」

本当に死にそうな顔で呟く。が、

「えー!?だって今日海に遊びに行くって約束した」

速攻却下である。


もともと誘ったのは往人のほうなのだが、明日の天気予報を確認してなかったらしい。
今日は今年始まって以来の猛暑である。
こんな日に外を出歩くなど、往人にとっては自殺行為も甚だしいところなのだろうが、
さすがにこの男も”約束は守るもの”という知識は持ち合わせていたらしく、現在に至っている。

「でもなぁ…このまま死にに行くのもどうかと思うべさ?」

「誰に向かって喋ってるの、往人さん?」

観鈴は気付いていない、往人がもう、半ば逝ってしまっていることに。

観鈴の呼びかけには応えず、往人は天を仰いだ。




空は今日も高かった。




               遠雷




なんとか海までやってきた二人。
二人で遊ぶのかと思いきや、遊んでいるのは観鈴だけ。
往人は見ているだけである。
それでも二人とも楽しそうなのが不思議といえば不思議だ。

ふと、往人が目を逸らす。
目の先にあるのは何処までも続く水平線、そして…

「入道雲か。こりゃまたでけぇな…」

水平線から立ち上るかのように隙間なく入道雲がその視界を埋めていた。

「え、何?」
往人の言葉が聞こえなかったらしい。

「いや、入道雲がすげぇなと思ってさ」

往人の言葉に観鈴も目線を海へ向ける。

「ほんとだ…すごいねぇ…」

そんな観鈴の様子にいつもとは微妙に違う何かを往人は感じ取っていた。

「どうかしたのか?観鈴?」

「え?何でもないよ、うん、何でもない、にはは…」
明らかにうろたえていた。

「何かあるんじゃないのか?俺には言えない事か?」

「ううん、ほんとに何もないよぉ。ただね、ちょっと思い出しただけ」

「何を?」

「ん…。小さい頃のね、思い出」

「入道雲のか?」

「うん」

「ふーん…。聞かせてくれないか?その思い出」

「え?」

「だからその入道雲の思い出」

「えー!?面白くもなんともないよ?ほんとに」

「いいから」

しばらく逡巡していた観鈴だったが、やがて短い嘆息とともに頷いた。

「分かった。でもほんとに面白くないからね」

往人は無言で頷いた。

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…あの日、私は母に手を引かれて海に来ていた。
母が私を連れて何処かへ行ってくれるなんて本当に珍しかったから私は大喜びだった。

砂浜で遊ぶ私、それを見てくれている母。
幸せな一時。


遊び疲れた私が母の元へ帰ってくると、母は冷たいお茶を用意してくれていた。
二人で並んでそれを飲む。


ふと、母が口を開く。
蝉時雨の中、消え入りそうな母の声。
でも、私にははっきりと聞こえた。


「観鈴、もしこれから一人になってもしっかり生きて行くんやで。振り返ったり立ち止まったりしたらあかんよ」


あまりにも唐突な母の言葉。
私はなんと応えていいか分からずただ母の言葉を聞いていた。
何度も何度も同じ言葉を繰り返す。
それが私には子守唄のようで、いつの間にか眠ってしまっていた。

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「あかん、夕立が来そうやな。観鈴、そろそろ帰ろな…」

まどろみの中で母の声が聞こえる。
何処か遠くで響く雷。
夏の日に雷が鳴ると夕立の前触れなんだそうだ。

もうすぐやってくる夕立。
母の背中に揺られながら私はこれからの自分がどうなるのか、訳もなく不安になった。

夕立は、もうそこまでやって来ている。
それは、まるでこれからの私を占うような暗い、雨。


(そして、それから、私は、一人。雨が降り続く、一人の時が訪れる。そんな、予感)

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「はい、おしまいっ」

ゆっくりと微笑んで観鈴が立ち上がる。
対照的に俯いて座り込んだままのままの往人。

思い出と言うにはあまりに悲しい記憶。
励ましの言葉など思い付くのも難しい。

少しだけ、ほんの少しだけ静かな時が流れた。

「…往人さん」

「ん?」
観鈴の呼びかけに顔を上げる往人。

「そろそろ帰ろっか」
辺りは夕焼けで赤く染まり始めていた。
完全に沈むまではまだ少し時間があるが、家路につくには丁度いい時間だった。

「…そうだな」
頷いて腰を上げる。

「そうだ。往人さん、今日晩御飯何がいい?あ、ラーメンセットは無しね。だってこないだも…」

「観鈴」
ふいに往人が呼び止める。

「ん、なに?どしたの往人さん」

「さっきの話だけどな…」

「え?」

「来るのが夕立で良かったよな」

「……?」

意図が読めないという顔の観鈴。だが往人は構わず話を続けた。

「夕立なら…すぐ止む。そしたらすぐ太陽が照らしてくれる。んで、できたら俺が観鈴の太陽になってやりたいと思う。
つーか、まぁ、その、なんだ、観鈴、お前には笑ってて欲しいから…わりぃ、まとまらん、はは…」

「往人さん…」

「今まではどうか知らねぇけど、もうお前は一人じゃないだろ。晴子がいて、カラスがいて、んで、まぁ…
俺もいるだろ?」

「うん…私、笑ってる!今、すごく幸せだし!」

観鈴が微笑む。

「そうか」

往人も微笑む。

「でもね…」
観鈴が走り寄って往人にしがみつく。

「明日からそうするから…だから最後に泣いてもいい?」



それはどんな種類の涙だろう?

いや、そんなことはどうでもいいことなのだろう。
ただ、自分の大切な人が自分の胸で泣いてくれる。
それはとても幸せなこと。
二人で一緒に泣けるのは、とても幸せなこと…。



観鈴が泣き止むまで、往人はずっと観鈴の髪を撫で続けていた…。



…しばらくして、砂浜を歩く二つの影が見えた。
手を繋いで。決して離れぬように、離さぬように。
重なり合う影が二人を未来へ導いてくれるように。



夏は何処までも続いてゆく
二人とともに
ずっと…







後書き

ペペ「ああっ、もうっ、ダメッ!!」

往人「気持ちワリーぞおい」

ペペ「いやさ。今回はDo As Infinityの遠雷って曲をSSにしてみたんだけどさ、難しいね、コレ」

往人「まぁそれはわからんでもない。で、失敗という訳か」

ペペ「まぁ結果論から言えば。いまひとつ頭の中のイメージが文に出なかったというか」

往人「それは今後のお前の修業次第だわな」

ペペ「イエス。がんバルデス」

往人「地元民にしか分からんぞ、そのネタ」

ペペ「……。ゴイケンゴカンソウハケイジバンマデ」

往人「いやだから地元民しか……」

観鈴「ちなみに私、原作だと海に行ってないんだけどな。行ってたら話の流れ、変わってたんじゃないかなぁ」

ペペ&往人「しーっ!!」