季節は春だ。

ついでに言うと、俺の心も春だ。

毎日の生活も充実している。

やたらと長かった冬が終わり、俺は新たな世界へ、一歩を踏み出そうとしていた。




            HELLO,DARLING





この春、祐一は一台のパソコンを買った。

前々から欲しかった逸品である。

こいつの出費のせいで懐がやたらと軽くなってしまった祐一だったが、後悔は無い。


「だってこれ1台で『ピー』画像見放題なんだからな…っと、名雪には内緒にしておかんとな」

そう言いつつもにやけまくりの祐一。現実を知らない少年は美しい。



春になり、祐一の従姉妹、兼、恋人であるところの名雪は朝の目覚めは格段によくなった。

が、やはり夜は早々に眠くなるらしい。

現在のところ20:00睡眠〜6:00起床が名雪の生活リズムだ。

そんなわけで祐一が一人でネットをする時間は十分に確保されているわけだが、名雪もそう甘くは無い。

パソコン購入に関して一悶着あったのである。



とある夕食後の団欒の時のことだ。


「だいたいパソコン買って何する気なんだよ!やること目に見えてるよ!」

「おまっ、何ってそりゃあアレだよ、勉強に必要な情報を集めるために、なぁ?」

「何の勉強だよ…。あーなるほど。勉強して私に実験するつもりなんだ!?」

「バッ!バカかお前は!!発言にはTPOというものが大切なんだぞ!!」

因みに秋子さんがいます。

「ぴ、PKO?」

「そりゃ国連平和維持活動だ!世界の平和のためには大切なことだが今必要なことじゃねぇ!」

「むむ…。じ、事実を性格に伝えることはマスコミの使命だお!」

「誰がマスコミか!大体事実って貴様推測でものを言うな!」

「だから経験からして確実だっつってんだろこの早漏!!」

「言ってはならんことを言ってしまったな貴様…ぬっころす!!」

「上等だコラァ!!」


ごす、ごす。

何か鈍器でヤられたような音が2発、静かな夜に響いた。



「二人ともヒートアップし過ぎですよ?ご近所のことも考えて話してもらわないと…」

いつもの穏やかな表情で話す秋子さんだが、当然二人は聞いちゃいない。

もとい、聞ける状態じゃない。


「ぐ…ううっ!まさかこんなに重いとは…。その右は世界を狙えますよ、秋子さん」

なんとか気力を振り絞って立ちあがる祐一。

「そんな♪狙うのは2番以下でしょう?1番は何を狙えと?」

「あ〜そりゃすんません、まさかもう階段登り切ってたなんて…え?」


蒼ざめる祐一。変わらぬ笑顔の秋子さん。

「いや…いいです」

この人に勢いのみの冗談など言うものではない。




名雪が目覚めた後、再び三人でレッツ会議。


「まぁ…祐一さんも子供ではないのですし、お金も自分で出すということですので許可するとしましょう」

秋子裁定が下る。

「え〜っ!!納得できないよ!控訴だよ、控訴!」

食い下がる名雪。小躍りする祐一。

「諦めろ名雪。水瀬家は一審制だ」

「ただし、条件があります」

割って入る秋子さん。

なんだろう、条件って、まさか小学生みたいに1日2時間までとか。
ファミコンじゃねーのに。
それともあれか?エロ一切禁止とか?
まぁ普通ばれないとは思うが秋子さんのことだ、油断はできまい。


などと考える祐一だったが、


「名雪もちゃんと可愛がって下さいね♪」


その言葉には意表をつかれた。



可愛がる?どのように?とは祐一も聞かない。
祐一だって大人の階段を着実に登って行っているのだ。

Oの「想い出がいっぱい」が頭に思い浮かばれるようだ。


ついでに「おっぱいがいっぱい」も流れで頭に思い浮かばれる。

単なるいっぱい繋がりじゃねーかよ。


しかしまぁ秋子さんの言葉に、二人はただ顔を赤らめるだけであったとさ。





そんな紆余曲折を経て念願のPCを手に入れた祐一であった。

なので、初日から鬼のような使いっぷりである。

ネットの波をサーフィン、サーフィン…。

これをここ数日の間飽きもせず続けている。

しかし、エロ満開っぽいサイトには躊躇して入れないところ、初々しさも感じられる。


因みに、秋子さんとの約束も、忠実に守っている。


少々目が疲れたのか、ネットを中断する祐一。

もう時間は深夜1時を指そうかとしていた。

と、軽いベルのような音がPCから発せられた。

それはEメールが届いた事を指す。

やれやれと祐一は溜息をつく。

祐一は今のところ、誰にもメールを送っていない。

つまり、誰も祐一のメールアドレスを知る者はいないのだ。
となれば、それは迷惑メール以外の何物でもない。

祐一もそう思いながらメールボックスを開ける。

差出人は『A.moon』となっている。

ウィルスのことがちらと気になった祐一だったが、素人の危険な好奇心からか、開けてみる事にした。

しかし、内容は祐一が想像していたような出会い系とは違い、短い文章が書かれているだけだった。

ただ一言、

『帰ってきたよ』

と。


「何だこれ…?」

訳が分からない祐一だったが、一つの可能性に気付く。

「ああ、間違いメールかな?」

ただし自分のメールアドレス、yuuchann.eroerobannzai@〜に似たアドレスを持っている奴がいる、
とはあまり思いたくなかったが。

「ちと勢いで決め過ぎたな…。友達とかにどうやって教えろってんだよこれ…」


このアドレスは早々に変えようと決心する一方で、間違いなら相手に教えなくていいかな?という考えが浮かぶ。


「ん〜でもな〜。まぁ返事が返ってこなかったら気付くだろう多分」

結局夜も遅いので、そのままPCの電源を落とし、祐一は眠りについた。




次の日。

授業を終えた祐一は寄り道もせずに家へと向かう。

軽くネット中毒気味である。

そして家に帰るなりPCの電源をON。

ウィーン、と言う音と共にOSが起動する。

完全にOSが立ち上がったところでネットに接続しようと思う祐一だったが、ふとメールボックスを見てみる気になった。


開いてみると祐一の想像通り、というか、またメールが届いている。


差出人はまた『A.moon』。

取り敢えず開いてみる。


『ねぇ、約束覚えてる?…忘れちゃった、かな…』


今回も同じように短い文章だ。
ただ、なんとなく文章から、差出人が傷ついているような感じを受ける。

「まずいなぁ…。俺が教えなかったせいで破局になったりしてなぁこのカップル」

と、言いつつも、いまさら返信しても何故すぐに教えてくれなかったかと相手に言われそうで気が引ける祐一。


「まぁ、取り敢えず放置だな…。もう一回来たらさすがに…」

すると、祐一の言葉に応えたかのように、メール受信を知らせるベル音が鳴る。

急いで開ける祐一。


『ずっと…待ってたんだけどボク、やっぱり我慢でき無くなっちゃって…。君のところに行きます』


メールにはそう書かれてあった。

「うげっ!?何、コイツ男だったのかよ?な〜んだ〜。じゃあ無視!無視決定だな!」

男女差別はいけません。

「しっかしあれだな〜。なんかそう考えると悲しい男だな〜。もしかストーカーとか?勘弁だな〜」


差出人が男と分かるや、祐一の興味は完全に削がれてしまった。

すると、またもやメールが届く。

『今晩、行きます。部屋にいる?』

「知るか〜本人に聞いてくれ〜」

さすがにこのメールに返信が無ければ相手もおかしいと気づくだろう。

そう思った祐一はメールボックスを閉じ、いつも通りネットサーフィンに明け暮れるのだった。





「ぬあ〜食った〜…。秋子さんの食事、美味いのはいいがこのままの量食い続けてたらブロイラーになるぞ俺」

夕食後、そう言いつつパソコンが置いてある机へと向かう祐一。

椅子にゆったりと座りながらPCの画面を見ると、またメールが届いていた。

「ありゃ〜、さすがに怒ったか?もしくは彼女家にいなかったとか?さてさて彼の行動とは…」


そんな無責任なことを言いながらメールを開く祐一。

そこには、こう書かれていた。






『もうすぐ、着きます。待っててね、「祐一君」』






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なに・・・・・・?」


訳も分からずに、指が震える。

間違いメールだと思っていたメール。

それは、間違いなどではなく、自分へ発信された物だった…?


「…バカな。あるわけない。誰も俺のメールアドレスなんざ知らないんだし。偶然だ、偶然」

しかし、そんな偶然があるものか?

(大体、これ男からのメールじゃなかったのかよ?)



自分に惚れた男のストーカーからのメール。

そんな自分のバカらしい想像に、思わず苦笑する祐一。

しかし、そのバカらしい想像で、祐一は多少落ち着いたようだ。


「まぁ、もうすぐ着くってんだし、待ってやろうじゃねーか」


その時。

また、メール受信を知らせるベルが鳴った。

ビクリと体を震わせ、それでも祐一はメールを開けた。


『久しぶりだな、この部屋。引越しの手伝いの時以来かな』


どうやら相手は部屋に着いたらしい。

凄まじい勢いで振り返り、周りを見渡す祐一。

しかし、部屋はいつもと変わりなく、祐一以外には誰もいなかった。


安堵と共に、祐一から溜息が漏れる。


「なんだよ…結局偶然なんじゃねー…」


とその時、またもやメールが送られて来た。


「たく…。なんなんだよ、一体。辿りつけたんだからもういいだろうが」


そう言ってメールを開く。

それは白紙、つまり何も書かれていない空メールだった。


しかし、次に起こった出来事に、祐一は自分の目を疑う。


今の今まで白紙だったところに、次々と文章が現れてくるのだ。
そう、まさに『今』書いているかのように。


『どうしても聞いておきたいんだ。祐一君、ボクとの約束忘れた?三つのお願い、叶えてくれないの?最後の一つ、まだ残ってるよ。それとも二つ目のお願いも忘れちゃった?』

次々と、『今現在』書かれている、届いたメール。


「じょ…冗談だろ…?なんだよこれ…」

そう言いつつも、この文章に脳が、いや心が?反応していることに祐一は気付いていた。

反応しながらも、拒絶しようとしていることも。

キリキリと頭が痛む。

それと共に、フラッシュバックのように頭の中に現れる、情景の断片。


赤い空。

赤い雪。

赤い…


「がああぁぁっ!!」


あまりの痛みに頭を抱える祐一。


しかし、メールは止まってはくれない。


『ボクね、もう、体がないんだよ。だから、もう祐一君に会うことは出来ないと思ってた。でも頑張ったんだ。祐一君にもう一度会いたかったから。また一緒にタイヤキ食べたかったから』


タイヤキ…?
その単語に、つい最近まで、祐一の周りをチョロチョロしていた小柄な少女のことが祐一の頭に浮かぶ。


「・・・・・・・・・あゆ・・・・・・・・・・?」


しかし、その後、祐一は戦慄する。

(今、このメールは何て書いてた…?)


そう、このメールははっきりと書いていた。


体がない、と。


『ねぇ祐一君、約束、忘れたの?それがないとボク、困る』


激しい頭痛と意味不明の言葉に、祐一は苛立っていた。


「うっせえな!!なんだよさっきから約束約束って!!お前誰だ!?俺のメアドどこで知った!?タチの悪い嫌がらせは止めろ!!」


そう祐一が叫んだ瞬間、今まで書かれていた文章が一気に消えた。


そして、一言、今までより一際大きなフォントでそれは現れた。











『ワスレタンダナ』









その言葉に祐一は息を呑んだ。

ただの文章だが、はっきりと怒りが見て取れる。


何かのスイッチが、入った。





「くそっ、もういいよ!!パソコン消しちまえば済むだけの話だ!!」

必死でマウスを掴む祐一。

しかし、フリーズでもしたのか、PCは全く反応しない。


そうしているうちにも次々とメールが書きこまれていく。


『ジャアイイヨ、モウボクガカッテニオネガイスルカラ。ユウイチクンハヤサシイカラキイテクレルヨネw』



「くそっ!!…そうだ、強制終了させればいいんじゃねーか!!」


そう言って電源のボタンを強く押す。


「くそっくそっ!!早く消えろよっ!!早くっ!!!」





『ジャアイウヨ?ボクノサイゴノネガイハ…』



「消えろっ!!消えろっ!!消えろっ!!消えろっ!!消えろっ!!消えろっ!!消えろっ!!消えろっ!!消えろっ!!消えろっ!!消えろっ!!消えろっ!!」










『ボクトズットイッショニイテクダサイ、…エイエンニ』









ブチッ・・・フィーン・・・・・・・・・・・・・。






パソコンの電源が、切れた。


















ガチャリ、という音と共に部屋が開く。




「祐一〜、朝ご飯だよ〜…ってアレ?」


部屋には誰もいなかった。


「あれ〜?トイレにでも行ったのかな?」


そう言いながら室内を見回す名雪。


しかし、これといって変わったところは見当たらない。


「う〜、ま、いいや。それより祐一〜?遅刻しちゃうよ〜」


そう言ってパタパタと音を立てて部屋を出て行く。



名雪が扉を閉める音が聞こえたのと時を同じくして。





ウィーン・・・・・・・・・。



パソコンが、起動した。






                               終われ



復帰して1発目からやっちまったー。

今回これ、4回に分けて書いたわけですが、その時の気持ちが手に取るように分かります。


躁、躁、鬱、鬱。

終了。

やっぱ書くときはだーっと一気に書かないとな。


しまいにゃなんかフォントもおかしくなるし(泣

コメディ書くつもりでした→ホラーっぽくなっちゃいましたなんて、なんて俺らしい計画性のなさ。

しかもなんかありがちな話とくらぁ!!

もうどうにでもしてくれ!!

次回はもうちっとましなものを書こうと思います!