照りつける日差し。 海岸線を走る一台の自転車。 すぐ前には少し汗ばんだ、彼の背中。 空はどこまでも青く澄んでいて、前から吹きつける風は夏のこもったような空気を吹き飛ばしてくれる。 今日の海は、いつもよりも綺麗だ。 夏・自転車・海岸線 「おい観鈴、そんな風にゴロゴロしてっとブタになるぞ」 そんな往人の一言で今日も一日が始まる。 「往人さんひどい。それにブタじゃなくてウシだと思うけど…」 「どっちにしたって同じ事だろ」 夏休みに入って間もない今日この頃。 朝食を終え、洗物も掃除も終えた観鈴は居間でくつろいでいたのだが、それを往人に見咎められた。 大体、家事はきちんとやっているのだから、なにもしない往人に言われる筋合いはないはずだが、 往人は他人には意外と厳しい。 最低な奴だ。 「往人さんが一緒に海行ってくれないから暇なの。だからゴロゴロするの」 「宿題をしろ、宿題を」 「え!?手伝ってくれるの?」 「んなわけあるか。俺はこれから失われつつある人と人との交流を取り戻すべく、愛と友情の旅に出掛けなければならん」 「また人形劇するんだ。私も付いて行っていい?」 訳の分からない往人の言葉にも正確な理解を示す観鈴。 大した物である。 さすがに一年も一緒にいれば意思の疎通も取れてくるというものなのだろう。 しかし、期待を込めた目で往人を見る観鈴に往人はにべもない。 「ダメだ。漢の仕事場に女子を入れるわけにはいかん」 その時代遅れな考えはどうよ? と、方々から苦情が雨あられな感がするが、往人は頭脳が原始人なので仕方がないということで。 まぁ、観鈴を連れて行かない理由は自分の人形劇に人が集まらないという悲しい現状を見せたくないという気持ちからなのだろうが。 「そう言えば往人さん、あの人形使ってくれてる?」 思い出したように往人に尋ねる観鈴。 以前、往人のボロ人形に相方がいないのは寂しかろうと、観鈴が往人にぬいぐるみをプレゼントしたことがあった。 キ○ィちゃんだった。 「あんなの使えるわけないだろ」 そう言って観鈴を膨れさせる往人。 しかし、確かに大の大人、さらには男である往人がキ○ィちゃんを持って歩いていたらちょっとアレだ。 (確かにアレを使い出してから客の入りが増えたが…。観鈴にそれを言うのもシャクだしな) 使っているのかよ。 「つーわけでちょっと出掛けてくるが、お前もゴロゴロしてないでたまにはどっかに遊びに行け」 「そんなこと言っても、この辺りで遊べるところなんてそうそうないよ?歩きじゃ行く範囲も限られるし」 「自転車にでも乗って行けばいいだろうが」 「うち、ないもん」 確かに、往人がここに居ついて一年が過ぎるが、自転車のような物を見たことはなかった。 「てことはアレか?お前、自転車に乗ったことないのか?」 「にはは、そんなことないよ。昔、お母さんがバイク買う前は自転車だったから」 「後ろに乗ってただけとか言わんよな?」 「え?そうだけど」 「そういうのは乗るとは言わん」 今時の子供は自転車にも乗れんのかと、頭に雷でも落ちたかのような顔をする往人。 「でも、気持ちよかったな、自転車。海の傍の道を通るとね、風と一緒に海の匂いがするの。さぁ〜って。夏の日とかだと最高なんだよ」 「お前の前で晴子はゼェゼェ言ってただろうけどな」 「にはは、そうだったかも」 そう言って笑う観鈴に、往人はやれやれと溜息をついた。 その後、結局観鈴を残したまま神尾家を出た往人だったが、その顔は珍しく、何かを考えているような顔つきだった。 「そうか、ふむ…。そういえばもうすぐ…。なら…いやでも金が…待てよ…あそこなら…」 かなり怪しい独り言を呟きながら、自称「漢の仕事場」へと向かう往人。 しかし、当然の如く、「仕事場」と呼べる特定の場所はないのだけれども。 「バカ野郎、世界の全ての場所が俺の仕事場よ」 …そうらしい。 結局その日も、次の日も、そのまた次の日も稼ぎという稼ぎがなかった往人。 最近はキ○ィちゃんの活躍で少しは収入が増えたが、それでも小学生の小遣い程度だ。 そして今日もまた、往人は外へと繰り出した。 しかし、いつもとは少しコースが違うようだ。 まぁ、世界の全てが職場らしいから別にどこへ行こうが構わないのだろうが。 暫くして往人の足が止まった。 往人の前の家にはでかでかと「佐久間リサイクルショップ」。 以前往人がバイトをさせてもらったところである。 なるほど、ふらふらと人形遊びをして回るより、地道に働いた方がよいことにようやっと気付いたのだろうか。 そうこうするうちに、往人は店の扉を開けた。 カラカラと、開き戸がどこか懐かしい音を立てる。 「ごめん」 江戸時代か貴様は。 往人の声に店の奥から店主の奥さんが姿を現す。 「は〜い…あら?まぁまぁ、以前はどうも。今日はどんなご用事かしら?またアルバイトしてくれるの?」 往人の妙な挨拶にも全く動じず、朗らかに返す佐久間嫁。 この人はどんなことがあっても全く驚くとか動じるとかいうことがない。 まさか前作の主人公の従兄弟の母親だとかいうオチはないだろうな。 「いや、また気が向いたらな。つーかちょっと頼みたいことがあってな。それを聞いてくれたらバイトの件も考えるが…」 バイト云々に関して、立場が違うだろ。 しかし、全くそれに気付いてない往人。 天晴れというべきか、バカは氏ねと言うべきか。 しかし往人は、持ち前の強引さで店に上がり込み、佐久間嫁と何事か相談を始めた。 それから数分後、店を出た往人の顔は周りに星が煌くほど輝いていた。 「勝った…」 なにやらご満悦の様子である。 神尾家に戻る往人の足取りは、ピンポン玉のように軽かった。 数日後。 今日も今日とて観鈴は暇を持て余していた。 本来なら友達とどこかへ遊びに行けば良いところなのだが、さすがに友達も出来てきたとはいえ、まだ休日にどこかへ遊びに行くというところまでは発展していないのが現在の観鈴の友達事情なのである。 そこへ往人が顔を出す。 「またゴロゴロしてやがる。ブタになるって言ってんだろうが」 「ウシだと思う…。だって行くとこもないしすることもないもん」 「全くしょうがない奴だな。仕方ない、今日は俺がどっか連れて行ってやるから」 思わぬ往人の申し出に顔を輝かせる観鈴。 「ほんと!?どこに連れて行ってくれるの?」 すると往人は得意げにフフンと笑い、玄関を指差す。 「まぁ、取り敢えず服を着替えて玄関に来い」 そうして自らはさっさと玄関へと歩き出す。 観鈴も遅れないよう、ダッシュで着替えて外へ出た。すると 「わ。往人さんこれ自転車!」 「まぁな」 「どうしたのこれ?」 「買った」 ウソだ。 本当は佐久間嫁に今度タダでバイトをするからという約束で特別に譲ってもらったのだ。 いわゆるバイト代の前借だ。しかもバイト代は自転車代には遠く及ばないのに。 アリなのかそんなの。 「まぁ、こいつでどっかに出掛けようという話なんだが…どうだ?」 「にはは、うん賛成〜」 往人が譲ってもらった自転車は後ろに荷台が付いているもので、観鈴を座らせて走ることができた。 観鈴を連れて走り出す自転車。 「観鈴、まずはどこに行く?」 「んとね、やっぱり海沿いの道を走りたい」 「そう言うと思ったけどな。じゃ、まずは海のほうに繰り出すかい」 神尾家から海までは緩い下り坂になっている。 風を切ってアスファルトの道を下って行く自転車。 暫くすると、右手に海が見えてきた。 観鈴の言っていた通り、風に乗って潮のいい香りがした。 観鈴は目を閉じて深呼吸する。 「ん〜、やっぱりいい匂い♪それに風が気持ちいいな」 「そうかい、そりゃよかったな」 そう言う往人の呼吸は荒い。 雰囲気台無しである。 日頃運動をしないからこうなるのだ。 それでも観鈴は往人の腰に手を回してしがみつきながら、とても幸せそうな顔をしていた。 海を過ぎると、今度は緑豊かな林へと入る。 木々が日の光を遮ってくれるので、ようやく往人にも余裕が出てきた。 「ふ〜っ。海の匂いもいいが、木の匂いってのもなかなかいいもんだよな」 「うん、すごくいい♪」 「マイナスイオンが出てるって感じだよな」 「うん、出てる出てる」 「もうこのまま虫になっちまいたいくらいだよな」 「うんうん、そんな感じ」 「なりたいのかよ」 「う〜ん…どっちかというと恐竜の方がいいけど」 「そうかい…(汗)」 二人が黙っていれば自転車の音と、蝉の鳴き声がするだけの静かな林の中。 時折する往人の呼吸を聞きながら、観鈴は往人の背中におでこを押し当てていた。 林道は徐々に上り坂になっていき、これが山に登るコースであることが分かる。 さすがに人一人を乗せて上り坂を登って行くのは往人には辛いらしい。 ハァハァという呼吸は途中からゼェゼェに変わっていた。 「往人さ〜ん、私、降りようか?」 観鈴の言葉に首を振ることで答える往人。 意地でも観鈴を後ろに乗せて登りたいらしい。 「い…からお前は…ゼェゼェ…座ってろ…す…ぐ着く…」 心意気は大した物だが客観的に見て、往人はかなり限界に近い状況だと分かる。 しかし観鈴はそんな往人を見てクスリと笑い、 「うん、分かった。頑張って往人さん」 そう言った。 元々きついとか、苦しいとかが大嫌いな往人なのだ。 その往人が、敢えて観鈴に座っていろと言っているのだから。 それは自分の為に頑張ってくれているのだと観鈴は分かっていたから。 自分も往人の気持ちに応えたいと、思ったのだ。 それに往人のことだ、降りようとしても絶対に降ろしてくれないに決まっているし。 それから数十分もしただろうか、自転車はようやく山頂に到達した。 「ん〜っ!山の上は気持ちがいいねぇ、往人さん」 「…そうだな」 完全に疲れ切って、喋るのも億劫だ、という感じの往人。 それを見た観鈴は少し微笑んで、また山頂からの風景に目を移した。 その美しい風景に目をやったまま、観鈴は往人に聞いた。 「ねぇ往人さん…。なんで今日、自転車で遊びに連れて行ってくれたの?」 「……」 疲れなのかそれとも別の理由か、往人は答えない。 「にはは、もしかして今日が私の誕生日だったからだとか?」 少し冗談めかして言う観鈴。 「…まーな」 そんな観鈴に、往人は真顔で答えた。 「わ、びっくり」 「なんでだ」 「いつもと違って正直。往人さんのことだから、絶対『別に』とか言ってごまかすと思ってたから」 「あ〜…」 観鈴は再び往人の方を見て、今度は特大の笑顔を見せた。 「ありがとう、往人さん!去年もだけど、今年もまたすごく楽しい誕生日だった!」 その笑顔を見て、往人は少し恥ずかしそうに、でもとても嬉しそうな顔をした。 「ね、往人さん。来年の誕生日もまた自転車でどこかに連れて行ってくれる?」 「ああ」 「じゃ、その次の次の年も連れて行ってくれる?」 「ああ」 「ずっとずっと…連れて行ってくれる…?」 「…ああ」 「ほんとに?」 「ああ。お前が連れて行って欲しいって言うなら、何時だって連れて行ってやるよ」 「にはは、やった。嬉しい…」 そう言って微笑む観鈴。 「…おい、泣くなよ」 「うん…」 「また癇癪か?」 「違う〜、うれし泣きぃ〜」 そう言って膨れながら、泣きながら、それでも最後は笑顔だった。 行きはしんどかった山道も帰りは下り坂だ。 「往人さんっ!スピード出しすぎっ!!」 「馬鹿、これ位が丁度いいんだよ。あ〜気持ちい〜」 「もう!家に着くときは上り坂になってるんだからねっ!絶対きついんだからねっ!」 「はっ!?そうか!まぁいい。その時は観鈴を降ろして自分だけで帰ればそれで済む事よ」 「がお…、往人さん、嫌い」 勢い良く山道を下って行く自転車。前には往人、後ろには観鈴。 茶化し合うような会話も、幸せな一時だ。 いつだって一人だった青年と、いつだって一人だった少女。 そんな二人が初めて大切な人を見つけて、初めて迎えた少女の誕生日。 確かに、モノとしてのプレゼントは何もない。 何もないけれど、何かモノをあげたからといって、観鈴が今日のように喜んでくれたかは分からない。 どんなに高価なプレゼントをしても、そこに気持ちがなければ、それは意味がない。 往人は、そのことだけはきっと、分かっているのだ。 自分が観鈴の為に何をしてやれるのか、何をすれば一番いいのかということは、分かっているのだ。 「がお〜〜〜〜〜っ!!怖いってば往人さん!!」 「あっはっはっはっ!!」 『そう、何時までも一緒に』 END 後書き ペペ「観鈴誕生日記念SS。いつになって出してんだ俺は(汗) 往人「もう8月も半ばなんだけどな」 ペペ「…あ〜、と。まぁ誕生日プレゼントというのは大事です。俺も金額云々を言いたい派じゃないですけど、あんまし適当なモノを渡すってのはね。それこそ気持ちがこもってないと言われますよ?」 往人「金はないんだからよ…」 ペペ「ないなら稼げ!それも愛だ!」 往人「うっせぇな。観鈴は喜んでたぞ?」 ペペ「ま、ね。観鈴にはいいプレゼントだったと思うよ。だってアレは高価なものとか言っても分からなそうだし」 往人「ですよね〜」 観鈴「二人とも酷い。私だってそれくらい分かる」 往人「ほう」 ペペ「それはどのような?」 観鈴「おっきい恐竜のぬいぐるみは高い!ちっちゃいのは安い!」 ペペ「はぁ…」 往人「……。そうだな、お前は正しいよ、観鈴」 観鈴「あれ?どうしたの二人とも。泣きそうになってるけど。ね、ね、どしたの?」 二人「はぁ〜…」 |