警報機に赤く染められたコクピット。

その中で、ゼェゼェと肩を上下させながらも、相沢祐一は”正常”だった。


人として正常であったかは分からない。

だが、パイロットとしては正常以外の何物でもあるまい。

戦場に置かれたパイロットの為すべき事は一つ。

敵機の破壊。

今の祐一の頭にはそれしかなかった。



…まぁ。

なんにせよ。

祐一を狙撃した敵軍のパイロットは


死神に喧嘩を売ってしまったのだ。





                          ARCANA
                             第8話      閃光





『ベルセルクモードへ移行…GMLレディ。ターゲットを確認。ロックオン。掃射』


シオリの無機質な声とともに、THE DEATHの胸部から大砲の発射口のようなものが突き出てくる。

その奥が一瞬煌いたかと思うと、瞬く間に光が収束し、次の瞬間には発射されていた。




祐一を狙撃したアメリアのパイロット達は、命中、撃破したはずのポーンがまだ健在であることに、疑問と多少の焦りを覚えながらも、次の狙撃に備え、数百メートル先の機体に照準を合わせていた。


そのパイロット達の目に、瞬間、何かが光ったのが映る。

そしてその一瞬後には、そのうちの一機が撃墜されていた。
いや、撃墜というような生易しいものではない。

敵機の放った『何か』に機体の装甲は瞬時に溶解し、消失してしまったのだ。



GML(ガス・ミックスド・レーザー)。
『何か』の正体はこれだ。
二酸化炭素と窒素を混合気体にして加熱し、レーザーを発振させる光学兵器。
文字通りレーザーなので、光と同じ速さ、つまりは発射後即ターゲットに到達する。
回避は不可能、威力は他のどの兵器よりも強力。
ターゲットになった者にとって、これほど絶望的な兵器もないだろう。



僚機をやられたアメリア兵は、何が起こったのかすら分からず、パニックに陥る。

そうしている間にもまた一機、撃墜された。


「なっ…!?くっ!撤退だ!早くしろ!!」

小隊のリーダーが、僚機に無線で連絡する。

何が起こったのかは皆目見当がつかないが、とにかく、先ほど狙撃した敵機からの攻撃により味方が撃墜されたことは疑うべくもないのだ。


ここは撤退して隊を立て直すのが先決だと思われた。


確かにその小隊長の考えは正しい。

…が。


すでに遅すぎた決断だった、と言えよう。




アメリア軍の機体が自分に背を向けて逃走を始めたことを確認した祐一は、ニヤリと笑った。

「馬鹿が…!!」


そう言うが早いか、THE DEATHを発進させる祐一。

恐ろしいまでの速さで敵機を追いながらも、立て続けにGMLを発射する祐一。

その攻撃でさらに数機が墜ちる頃には、祐一は既に敵機に肉薄していた。



すぐ近くにいた一機に祐一のビームサイズが振り下ろされる。


「うわあああああっ!!!」

パイロットの悲鳴とともに、機体は真っ二つにされた。



そして、数分も持たずにアメリアの一小隊、全7機が撃墜された。


「まだいるな…」

祐一は感情のない声でそう呟くと、新たな敵を求めて機体を市街地へと向けた。




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・・・



祐一を見送った後、久瀬はトウキョウへと戻り、その足で、とある工場へと向かった。

ジャポネ国防省の機密とも言えるものがその場所で極秘に開発されていたのだが、遂にそれが完成したという知らせを受けたためだ。

工場の入り口でIDチェックを受ける。
その門には『T.H.E』の文字。

ジャポネが世界に誇る工作機開発の先駆者たる企業である。



そうして久瀬が案内された第二工場と書かれた建物の中に、『それ』はあった。



「取り敢えず試作機という形ですが。一応の完成ということでお知らせした方がいいかと思いまして」

開発部長の言葉に頷きながら、久瀬は件のブツを眺めた。

デッキには一機のポーンが置かれている。

しかし、従来のポーンとはかなり様相の違ったものだった。

まずサイズが違う。

従来のポーンは3メートルから5メートルというくらいのものが主流だった。

元々が工作用に生まれたものだったから当然といえば当然だ。

しかしこのポーンは10メートルを超える大きさである。

「装甲も従来よりかなり厚めにしましたよ。しかし、まぁこれの一番の特徴と言えば…」

そう言いながら開発部長がポーンへと歩いていく。

久瀬もそれに倣った。

ポーンの背後まで回ったところで開発部長が足を止める。


「どうです?」

その言葉に久瀬は満足そうに頷いた。

「足は?どうなっているのかな?」


久瀬の質問に開発部長は待ってましたといった表情をする。

「当然、万端整えてありますよ。ただ、なんですか、この間送っていただいた資料の機体。あれと同じくするには我々の技術力では無理がありまして。脚部の横だけではなく、後ろと前にも一基ずつ、付けさせて頂きました。でないとバランスをとるのが非常に難しいもので…」


「む、それは問題ないだろう。で、現実的な問題はどうかな?」


現実的というのは、ここではお金の面のことだ。

開発部長もそれに気付いたのだろう、


「そうですね、この試作機は少々しっかりと作ってますから。まぁ、少々装甲を薄いものにして、後は武装面ですな、これはエネルギーパックを少々大きめにしてありますから…。その辺りを工夫すれば、十分量産化は望めると思いますが」

「そうか…。今から始めるとして、どのくらいで可能か?」

「1月もすれば生産ラインにはのります。まぁ最初の生産数を10機として、そんなものでしょう」


ふむ、と頷いて久瀬はもう一度その機体を見た。

「ところで…。こいつの名前は決まっているのか?」

「あ、はい、一応。機体そのものの名称はまだですが、認証コードは『F.A.』ということにしております」


「『F.A.』…。A、はアルカナか。Fはなんだ?」

「Fake、ですね」

「偽者というのはどうも気に食わんな。せめて『I.A.』くらいにして欲しいところだ」

「は、はぁ…」

久瀬としては冗談を言ったつもりなのだが、どうやら彼の冗談は一般の人には分かりにくいらしい。

少し渋い表情をしながら久瀬は開発部長を見た。

「んん!まぁいい。FakeでもImitateでも、同じようなものだ。また来る。頼んだぞ」

「は、はっ!!」


呆気にとられた顔の開発部長を尻目に久瀬は工場を出た。

照りつける陽射しが眩しい。

「折原…、お前は一つ、勘違いをしている…。確かにアルカナは強力だ。だが…」


来る時に使った車に向かいながら、久瀬は呟く。

「戦争というものは少数の強い駒では勝敗は決まらん。歩をどう使うか、が勝負を決めるのだ」


折原と久瀬。
全く考え方の違う二人が、全く違う戦い方でぶつかろうとしている。


どちらの考えが正しいのか。
どちらが勝っているのか。

それは両者が合い見えることでしか分からないのだろう。









廃墟と化したカノン。
建物と言えるべき建物はなく、以前の景観は微塵もない。


その中に、一機の人型。

『敵影、ゼロ。完全に破壊しました』

戦闘サポートA.I.の無機質な声が、静かになったコクピットに響く。

「ああ…」

祐一は、呆けたような表情でシオリの声を聞いていた。

目に入るのは、瓦礫、煙、炎。

「シオリ…、さっきのは一体…」

『ベルセルクモード、です。搭乗者の特殊な脳波の波形がキーになっていたようです。このモードに移行することにより、通常機体の制御を行うリミッターが解除されます。それにより、機体にかなりの負荷が掛かることを代償に、通常では不可能な行動を可能にします』

そう、大体からしてレーザーの連射など考えられないことだ。

それにあの、スピード。

あれは祐一がカノンに向かった時のスピードと負けず劣らずだった。


『そんなわけで、暫くは機体の操作は困難です』

シオリの冷静な解説に、祐一は泣き笑いのような表情を浮かべた。

「ああ…、いいよ。俺も暫くは動けそうにない…」


そう言いながら、祐一は自らの膝を抱えてうずくまった。


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


無言のシオリ。
A.I.であるシオリにこういった感情があるはずはない。

ないのだが、その無言は、祐一に掛ける言葉を探しながらも、声を掛けられないでいる、そんな風に感じ取れた。


「ふっ……ぐっ……」


『祐一さん?』


「ううぅぅっ…ごめん…名雪っ…!…俺は…お前の街をっ!お前をっ…!!」


『・・・・・・・・・・・・・・・・祐一さん』




誰もいない荒野に、ただ、アルカナは佇み、少年の嗚咽だけが、空に響いた。





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「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだと!?」

報告を聞いた折原は、信じられない結果に愕然とした。

「ああ…ああ。分かった。戻ったら詳しい報告書を出せ」


そう言って電話を切る。


「全滅、だと…?中隊一つが丸々か…!」


自分で報告の内容を繰り返してみても、未だに納得がいかない。

(カノンが秘密兵器を隠し持っていた…?いや、それは考えにくいだろう…。しかし、この結果はどうやってもアルカナの存在を疑うしかない…。しかも、状況から言ってSランクの可能性が高いな…)


「浩平…」

折原が目を向けると、瑞佳が心配そうな顔をしてこちらを見ていた。


「大丈夫だ、瑞佳。心配すんな」


そう言って笑う折原。

(そう、そうだ。確かに痛手は食ったが、目的は二つとも果たした。やはり持っていたか…。MAGICIAN、水瀬秋子)


そう、遂に手に入れたのだ、ルナのキー。

予想外の展開だったとは言え、計画は順調なのだ。


「しかし、やはり気になるな…。一体どこの機体か…」


と、瞬間、折原の頭にとあることが浮かぶ。


「……まさか、な。どうやってあそこから間に合うと言うのだ…。」


しかし、と折原は思う。

アルカナにはそれぞれに特徴というものを持つ。
今回折原の軍を壊滅させたアルカナが、スピードに特化した機体だったとしたら。


「有り得ん話ではない…」


そう言うが早いか、折原は電話の受話器を取る。





その1本の電話が、この戦争の幕開けだった。






「住井か。俺だ。…ジャポネを探れ」




                                   第9話へ続く