「サミット?」

突然祐一の上げた声に、周りはなんだなんだと振り返る。

それだけ祐一の声が間が抜けていたということなのだろう。

祐一の声に久瀬はやれやれといった表情をする。

「まぁ有体に言えばそういうことだ。先進国の外相が集まる…だから首脳会議ではないのでサミットとは言えないが。しかし内容は非常に重要なものと言えるだろうな」

「…あ、そう。まぁそれはいいとしてだ。疑問が二つほどあるんだが」

久瀬はそうだろうな、という顔をして、祐一に続けるよう促した。

「まず一つ目はな、何でそんな重要な話をこんな食堂なんかでするのか、ということだ」

久瀬の目が点になる。
どうやら彼が予想していた質問とは異なっていたようだ。

「あ、ああ、それは済まなかったな。そこまでの考えは浮かばなかった。まぁ、私もそれほど暇ではないのだ、許せ」



今は丁度昼食時である。
いつものように祐一はこの北国にある基地の施設内にある食堂で定食を食べていたのだが、そこにやって来たのが外務大臣であるところの久瀬。
そんな人間がやって来ただけでも祐一には驚きなのに、こともあろうか彼は祐一の真向かいの席に座り、いきなり『今度各国の外相による平和会議、まぁサミットのようなものが開かれることになった』などとのたまう。
これではさすがに祐一が面食らうのも無理はなかろうというものだ。


しかし、久瀬も謝罪していることだし、このことは目をつぶろうと思う祐一。

「じゃあ二つ目だ。毎度の質問な気もするが、どうして俺にそんな話をする?」

さしあたって祐一にとってはこっちの質問の方が重要だ。
が、それに久瀬はあっさりと答えた。

「うむ、それはな。君にその会議に出席して欲しいからだよ」

瞬間、固まる祐一。

暫くその状態が続いた後、ようやく金縛りから開放された祐一は一言、呟いた。


「・・・・・・・・・・は?」





                             ARCANA
                             第6話     邂逅





「厳密に言えば出席というのは嘘だ。ただ、私の乗る飛行機のパイロットを引き受けてもらえないかと思ってね」

久瀬は何でもないように言うが、祐一は納得できなかった。

「何で俺なのさ。他にも優秀なパイロットはいるだろうに」

「まぁ、パイロットの技能としてならな…。しかし私が君を連れて行きたいのはそんな理由ではない。今回の会議だが、我が国が呼ばれるのは初めてのことだ。それは何故だと思う?」

「此間の件でウチがアルカナを持っていると思われてるから…?」

「まったくその通りだ。さて、では何故今回の会議にその件が関係してくるのかな?」

「かな?って…。でも、公式の発表ではジャポネは軍事力は保有してないって事になってるんだろ?なら…あ」

「そういうことだ。平和会議なんてのは表向き、実際は各国の現在の軍事力がどのようになっているかの探り合いをやりましょうということだよ」


納得顔で、そして嫌そうな顔をする祐一。

「会議の意味は分かったけどさ、でも、だったらなおさら俺が行ってもしょうがないと思うんだけど。俺、自慢じゃないけど政治的な頭はないからな」

寧ろ、香里とかのほうが向いている、と祐一は思う。

「何も君に各国と交渉しろとは言っていない。大体からして軍の関係者は会議には出席できないしな。私としては取り敢えず現場に来て、世界の現状というものを君にも肌で感じて欲しいと思っただけだ。だから無理に来いとは言わないが…」

と言葉では言うものの、断れば食い下がりそうだ、というのは久瀬の顔を見ていればすぐに分かる。

「はぁ〜。ま、色々としゃあねぇか。それで、場所はどこなんだよ」

祐一の解答を正直に喜び、久瀬は場所を告げた。

それは、祐一にとっては懐かしい響きを持つ場所の名だった。











数日後。
祐一と久瀬を乗せた飛行機はジャポネを飛び立った。

余談になるが、民間の国際便は使用できない。
以前は国際線が整備されており、民間の旅客機も世界各国を結んでいたが、現在は休止しているのだ。
テロや現地フロンティアによる拘束など、行った先から確実に戻れるとは言えない時代になっていた。
そんなわけで自国の小型飛行機による海外渡航が一般的となっている。

自国所有の飛行機なら、定時のフライトなどがないためテロに察知されにくいし、有事が合った場合迅速な対処が可能なのだ。さらに、小型であればある程、緊急時の対応も早くなるからだ。



操縦桿を握りながら、祐一はこれから向かう場所へと思いを馳せていた。

(久しぶりだよなぁ…。名雪、俺の事分かるかな…?)

祐一達が現在向かっているのは、かつて世界統一国家を作り上げたカノンである。
現在、その版図はかなり縮小されたものの、現在においても平和の象徴として、その存在は確固としている。
永世中立国であり、今回の平和会議を開くにはもってこいの場所、というわけである。

そして、祐一にとってもカノンは重要な場所だ。
自分にとっての叔母である秋子と、その娘名雪が暮らす国。
小さな時から何度か遊びに行った事のある祐一にとっては、カノンは未知の土地ではなかった。



「と、そろそろ到着だな」

ジャポネを出発してから12時間強。
目的のカノン国際空港が視界に映る。


ここで、カノンの地理的な位置を説明しておこう。

旧世代ではトルコという名の国があった場所であり、北は黒海を臨み西はアドリア海に通じている。
中東にありながらヨーロッパの国々とも交流のあったこの地方は、アジアでも、ヨーロッパでもない独自の文化を作り上げて来た。
それは今も脈々と受け継がれており、どのフロンティアの人間が訪れてもどこか異世界に来たような、そんな気分を味わうことが出来る、世界有数の観光都市でもある。



ウィィィィン…ガッ…シュゥゥゥゥン…。

滑り込むように祐一の操る小型旅客機が、滑走路に入る。

取り敢えず、これで祐一の仕事は半分終わりだ。
後は帰りも無事に久瀬達政府の要人を送り届けるだけなのだが…。


(まぁ、それだけじゃないんだろうけどさ)

心の中で独りごちる祐一の背中に、久瀬が声をかけた。

「ご苦労だったな。会議は明後日だから、それまではゆっくりするといい。久々に会いたい人もいるんじゃないか?」

そんな事を言う久瀬。

少なからず祐一は驚き、慌てて振り返る。

「お、おい!何でそれを…!」

そう言う祐一に、久瀬はニヤリと笑い、

「私の情報網をなめてもらっては困るな。ではまた…」

そう言って去って行った。







空港近くでエレク・カーをレンタルし、カノンの首都、ニューアンカラへと走らせる。
空港からは高速道路が通っており、30分も走ると街の中心部が見えてくる。

ちょっと前まではガス・カーが主流だったのだが、ここ数年、世界各国の自動車会社がこぞってエレク・カー、つまり電気で走る車を開発してからは、こちらの方がよく見かけられる。

この時代でもやはり環境問題は深刻であり、次世代交通手段として今、エレク・カーは注目を集めているのだ。
祐一の借りた車はT.H.E(トヨダ・ホンタ・エレクトロニクス)社製である。
ジャポネを本拠地とする会社だが、性能の高さ、安全性が買われ、今や全世界に普及している。




祐一の運転するエレク・カーは、市街地から少し離れた丘陵地帯を走っていた。

ここは所謂高級住宅街なのだが、祐一が会いに行く人達はここに住んでいるのだ。


(こんな所に住めるお金がどこに…。でも、秋子さんだもんなぁ…)


そんな事を考えながら車を走らせる祐一。
と、目的の家が見えてきた。


特に車庫もないのでその辺に路駐。


車を降りて、その家を見上げる。


「相変わらず立派な家だことで…」

感嘆、または呆然、といった表情で眺める祐一。
初めてではないといってもやはりもの怖じしてしまうほど、それは豪華なものだった。


玄関に行き、呼び鈴を鳴らす。
『は〜い』と言う声と、パタパタと言う音が聞えた後、扉が開いた。


そこには、数年経っているのにも関わらず、一目でそれとわかる従姉妹の顔があった。


「わ、祐一?」

「微妙に反応が悪いな、名雪。おう、祐一さんだぞ」

「…でも祐一ってジャポネに住んでなかったっけ?」

従姉妹のあまりのぼけっぷりに、つい溜息が出る。

「その通りです…。だから、わざわざカノンに出向いてやったんだよ。ほれほれ、客人をお出迎えする時は?」


「あ、そうだね。ようこそいらっしゃいました、ただいまお茶をお持ち致しますのでこちらでおくつろぎ下さい…」


そう言いながらも、名雪は頭に大量の疑問符を浮かべたような顔をしている。
しかし祐一はそんな名雪を無視してリビングに上がった。

(昔っからあのぼけっぷりには手を焼いたもんだ…。ま、もう対抗手段は心得てるがな)

秋子さんによほど言われてきたのか、お客様、という言葉を出せば名雪はこの通り条件反射だ。


しばらくリビングのソファに座ってくつろいでいると、本当に名雪が紅茶を持って現れた。


「はい、どうぞ」

「おお…、しかしお前も律儀だな。まさか本当に茶を持ってくるとは思わなかったぞ」

「だってお客様にはお茶出せって言われてるもん。5つの棚からお客様のランクにあった紅茶を出すの」

「いや、お客様ってな…。まぁいいや。ところで秋子さんはいないのか?」

「あ、うん。今ちょっと買い物。もう少ししたら帰ると思うよ〜。…あ、そうだ」

「?」

「ね、祐一、今イチゴのケーキ作ってたの。もう出来るから一緒に食べる?」

「ん、じゃあ貰おうかな。しかし、相変わらず好きだな、イチゴ」


そう言いながらちょっと昔を思い出す祐一。
イチゴが大好きな少女。
パンには当然イチゴジャム。
お菓子は必ずイチゴ入り。

(あぁ、ご飯にもイチゴかけてやがったよな…。
それはカノン風の料理なのか?
ここは結構エキゾチックだからな…。)


従姉妹の食べていた料理を思い出して微妙に気分が悪くなった祐一。

「おえっ…」

「?じゃ、ケーキ持ってくるよ?」


名雪の言葉に現実に戻される。
気付かない内に違う世界に行っていたらしい。


「…ああ頼む。それとな名雪、一つ訊いておきたいことがあるんだが」

祐一は今ここでどうしても確かめておきたいことがあった。
それは、今後の自分の立場をより確かに認識するために、非常に重要な事だ。

「ん?」








「俺に持ってきてくれたこの紅茶な、ランクはどのくらいだ?」













この家の家主であるところの秋子が戻ってきたのは、祐一が到着してから30分程してのことだった。

突然の訪問に少し驚いたような顔をしていたが、そこはさすが秋子さんといったところか、既に了承モードに入っていた。

「そうですか、平和会議のためにこちらへ」

「ええ、とは言っても要人を送り迎えするだけのパイロットなんですが」


リビングで3人くつろぎながら、話題は今回祐一がカノンまで来たことについてのものだった。

「確かに最近物騒ですから…。アメリアとか、戦争をしたがっているように思えるものね」

「カノンにいると実感湧かないんだけどねぇ。祐一はいつまでこっちにいるの?」

「明後日会議だから、まぁあと2、3日ってとこか」

「ええ〜!?もっとゆっくりしてけばいいのに〜」

不満そうな顔の名雪。

「あのな、別に観光できたわけじゃないんだから…」

つまらないことで言い合っている名雪と祐一を見ながら微笑んでいた秋子だったが、つと、祐一に話題を振る。

「そう言えば祐一さん、最近お仕事の方はどう?姉さんも心配してるわよ」

祐一の両親は最後まで祐一が軍に入るのに反対していた。
まぁ、親であれば当然の話だ、さらに自分たちが近くにいないという場合ならば特に。

祐一の両親は北欧のオスロという土地に住んでいる。
もうかれこれ三年になるだろうか。



「え?あ、まぁ特に支障も無くやってますよ」

本当はバリバリ支障あるのだが、まさかアルカナについて話すわけにもいかず、祐一は当たり障りの無い返答をする。

「そう…だったらいいのだけど…。最近ジャポネでナイトメアが見つかったなんていう噂もあったから、祐一さんが関係してなければいいけどなんて思ってたんですよ」


固まる祐一。


「あ、あはははっ!なわけないじゃないですか!大体その噂もデマだって話ですよ?」

なんともワザとらしい反応だったが、秋子はそれ以上詮索することは無かった。
祐一の説明で納得したわけではないのだろうが、やはり秋子さんは了承がモットーだから。


「祐一〜、ケーキのおかわりは?」

「ケーキをおかわりするほど俺は甘い物好きじゃないぞ」

「あら、じゃあ私はもらおうかしら?」

そう言う秋子に名雪は嬉しそうに頷き、キッチンから二つ目のケーキを持ってきた。

当然自分の物も一緒に、だったが。


(さすが親子…)

二人の食べっぷりに、祐一は感嘆するしかなかった。








二日後。

予定通りに平和会議が開催された。


危惧されていたテロによる妨害も今のところは起こっていない。

会議には出席しない祐一は、会場の近くをぶらぶらとしていた。
会場の周りではカノンの軍が警備を行っている。


永世中立国とはいえ、今軍隊を持っていない国はない。
自衛の手段はどこの国でも必要とされていることなのだ。

とはいえ。

警備の現場を見て回った祐一は少々唖然としていた。

(ん〜、まさかジャポネよりも平和ボケした国があったとはなぁ)

主戦力が現在世界各国で採用されているポーンの3世代前の機体であるところからして驚きなのだ。

陸戦の部隊がこうなのであるから、空は言わずもがな、なのであろう。



(もし今カノンを落とすとしたら、そう難しいことではないだろうな…)

自らの考えにぞっとしながらも、祐一はその漠然とした不安を取り除けないでいた。


祐一が丁度会場の入り口に戻ってくると、会場から出席者が出てくるのが見えた。
どうやら会議は滞り無く終わったらしい。

と、祐一は一人の人物に目をやった。
腕章に刺繍された国旗、それはまさしくアメリアのものである。

しかし、祐一を驚かせたのはその人物が女、それもとびきり美人の、であったことだ。


「うそぉ…」

呆然と見送る祐一。
まさか、あんな暴言を吐くようなフロンティアの外交のトップがあんな美人とは。
いや、女性だからといって暴言を吐かないというわけではないのは祐一も理解しているが、なんとなく、その女性にはアメリアの掲げる主義が似合わない気がしたのだ。

アメリアの女性はそのまま祐一の傍を通りすぎて行った。

そんな彼女に声をかける男が一人。

「お疲れ様、先輩」

「わ、浩平君、わざわざ迎えに来てくれたの?ありがとう」

親しげに話しているところを見ると、その男もアメリアの者なのだろう。

何気なく、祐一はその男を見た。

図らずも、その男もまた、ふと祐一の姿が目に入っていた。

瞬間、交差する二人の目線。


「「!!」」

祐一はその男の目線にとてつもないプレッシャーを感じて目を逸らした。

しかし、相手の男も何かを感じたのか、祐一とは逆に厳しい目で睨みつけていた。

それに気付いた祐一も、負けじと睨み返す。


それは、時間にして10秒かそこらの短い時間であっただろう。


先に折れたのはアメリアの男だった。
ふっと笑うと、祐一に背を向け、隣の女性をエスコートしながら去って行った。


男が去った後もその背中を睨み続ける祐一。

最初に目が合ったとき、つい目を逸らしてしまったのがなんとも悔しかったのだ。
漠然とした敗北感が祐一を襲う。

(次に合うときは絶対負かしてやる…)

まだ、誰とも知れない男に再戦を期すとはなんとも馬鹿らしい話だ。

普通ならば。

しかし、これから祐一はあの男と何度も合間見えることになる。

それを考えれば、祐一の感覚は優れていたと言えよう。



「アメリアの折原だな」

「ぬをっ(汗)な、何だ久瀬さんかよ…」

突然近くから発せられた声に驚く祐一。

「さっきお前が睨んでた男な、名前は折原浩平と言う。アメリア軍事の中枢だ」

「そうなの?」

「ああ…。ふふ、しかし、なかなか君は素晴らしい勘を持っているようだな」

「は?何が」

「アレがいずれ私達にとっての最大の敵になる、と君は感じたのだよ。無意識的に」

「おい!勝手な自己解釈すんな!!別にそういうのとは違うんだから」

「ふむ…。やはり君をここに連れてきたのは正解だったようだな。それだけでも収穫はあったというものだ。では相沢君、急いで我等が祖国へ帰ろうか」

「人の話を聞けって!!」

しかし、久瀬は祐一の言葉など意に介さず、飛行場へと歩いていった。
どこか、楽しそうに。

そんな久瀬に、祐一も苦虫を噛み潰したような顔をしながら続くのだった。










そして、祐一達がカノンを出立してから10時間後。

事件は起こる。







                               第七話へ続きます