ARCANA
                        第五話      アメリアの男






軍事国家アメリア。

その中心都市であるニューヤークはここ数年で随分と様変わりをした。

以前はロサと共にアメリアの二大経済都市と言われていたものだが、現在のそれは正に軍事要塞の様相を見せている。

その軍事の要となったニューヤーク一番街の中心にアメリア軍の中枢がある。

その司令官室にその男はいた。

折原浩平。

アメリア国防総省長官にしてアルカナのパイロットも務める。
正に、事実上のアメリアの軍事における最高指導者である。

折原は司令官室の机に頬杖をつきながら、とある資料に目を通していた。

数日前のジャポネ空域におけるアルカナ撃墜事件の詳細をまとめたものである。
そう、祐一が撃墜したアルカナはアメリア所有のものだった。
軍事の肝とも言えるアルカナが一機撃墜されたことで折原の機嫌は最悪、というところなのか、渋い表情でレポートを眺めている。

しかし、折原の機嫌の悪さはアルカナが撃墜されたことにあるわけではないようだ。

「…なんなんだ、このレポートは」


吐き捨てるように言うと折原は立ちあがった。

「長森、住井を呼んでくれ」

折原に言われ、彼の秘書である長森瑞佳は室内電話でこのレポートを担当している住井護を呼んだ。






「おい住井、お前は諜報関係に関しては誰にも負けないんじゃなかったのかよ」

住井が司令官室に入るなり折原の叱責の声が飛ぶ。
しかし、住井はやれやれと苦笑いをして返した。

折原の叱責には慣れている、と言う感じだ。

「んなこと言ってもなぁ。ほんとにそれ以上のことは分からなかったんだからよ」

「ジャポネ上空で自軍ナイトメア一機、撃墜された模様。パイロットの生死は不明。交戦した機体、不明。これじゃ何の参考にもなりゃしないだろ。ジャポネに圧力はかけといたがな、外務大臣が交代したのを機に態度が硬化した。情報規制も厳しくなった。かなりの切れ者が就任したと見えるな。今が最も情報が欲しい時だってのにお前のこのレポートはなんなんだよ!」

そう怒鳴る折原。
しかしやはり住井は動じない。
折原が本気で怒っていないことは住井もよく分かっているのだ。


「十分な情報だろ。ナイトメアが撃墜されたってことは相手はナイトメアだっつーこった。さらに言えば、うちの機体はランクB。つまり相手はランクAかSってことだな。ちなみに当時ジャポネ上空には当国の巡回機が一機いただけで、他国の機体がいたという情報は入っていない。てことはそのアルカナはジャポネが所有していると考えるのが妥当だな。まさかそのアルカナの形式番号まで割り出せとは言わねぇよな?」

住井の言葉に思わずニヤリとする折原。

「分かってるならレポートにそう書いとけ」

「読むのがお前じゃなけりゃそうしたさ。こっちも色々忙しいんだからよ。省けるところは省きたいんだよ」

今度は折原がやれやれという顔を見せる番だった。

「今度はどこを調べてんだよ」

「キャンベール」

住井は即答した。

「どうも最近あそこの動きが気になる」

「まぁ確かにブリテンに並んでアルカナの所有数は多いがな…。あそこは平和主義国だったと記憶しているが?」

折原の言葉に、分かっているくせにという顔をする住井。

「その平和主義が俺らの掲げた主義と真っ向対立するんだろうが。まぁ、キャンベールが宣戦布告してきたとしても、今のうちの戦力なら返り討ちに出来るさ。ただ、それはあちらも分かっているようでな、他のフロンティアと同盟する道を模索しているらしい。その辺を調べたくてさ」


住井の言葉に、ふむ、と頷く折原。

「ま、受け入れられにくい主張だとは思うよ、実際な。だが、実践しなければ人類に明日はないことも事実だ」

「さぁてね、実際そうなのかは分からんぜ?」

住井の茶々に折原はふふんと笑う。

「そりゃあな。俺は預言者じゃない。未来がどうなるのか、100%滅びるかは断言できんよ。ただ、その可能性は高い、と俺は見たのさ。そうなったら自分の考えを貫くまでだ」


折原の言葉に、住井はもう一度やれやれと、苦笑いをした。

「お前がヒトラーにならないことを祈るよ。ま、お前が信じて突き進む道なら、俺も最後まで付いて行ってやるよ」

そう言って住井は自分の仕事場へと戻って行った。


住井が去った後、折原は暫く、椅子に座って腕組みをしたまま何かを考えているようだった。
その顔は深刻で、落ち込んでいるようにも見えた。


そんな折原を見かねたのか、瑞佳が話し掛ける。

「ね、浩平…」

「ん?どうした長森?」

「さっきの住井君じゃないけど、みんなそうだよ。浩平が進む道なら、みんな一緒に付いて来てくれるよ」

もちろん私もね、と付け加える瑞佳。

そんな瑞佳に折原は微笑むことで答えた。






暫く後、折原は格納庫へと降りてきていた。

そこには複数のアルカナ、そして多数の陸専用ポーン、そして各種戦闘機が置いてある。

折原はその内の一体のアルカナの前に立っていた。

折原を見下ろすその機体はどことなく神々しさを持っているような、そんな機体であった。




アルカナコードNO.20、JUDGEMENT(ジャッジメント)。


折原が搭乗する機体の名称である。

先程住井の言葉にも出てきたが、アメリアでは既にアルカナ全てのデータが集積されており、アルカナ自体にも能力の差が見られることが判明していた。Cが最も低く、Aが最も高い能力を示す。だが、例外として三機のアルカナだけは桁外れの能力があるとされ、特別にSランクが付けられていた。

そして、折原のジャッジメントはSランクに属する。


「例え、どんな敵が出てこようが、俺がこのジャッジメントで裁きを下す。俺が間違っているなら、こいつが俺を裁いてくれるだろうさ」


そう言って不敵に笑う折原。
その笑みには余裕すら感じられた。

そう、折原達のデータではSランクの機体を所有しているのは未だアメリアだけなのだ。

アルカナに関する情報では他国に抜きん出ている自信が折原にはあった。
だから、他国に先駆けてアルカナを多数発見することが出来たのであるし、これからも発見し続けていれば自ずと他の二体も手中に出来る、というのが、折原の計算である。




しかし、折原の計算はこの時点で既に崩れているということを折原は知らない。

レポートに書かれていた事件のアルカナがSランクであったことなど。

そして、偶然その機体に搭乗することになってしまった辺境フロンティアの少年が、後に折原にとって最大の敵になることなど、折原は知る由もなかった。











しかし、二人が出会う日は近い。














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