祐一の目の前にあったもの、それは一体の二足歩行型戦闘機、通称ポーンだった。
しかし、目の前の機体は、一般に出回っているポーンのような機械機械したデザインでなく、
どこか、芸術品のような雰囲気が感じられる。
サイズにしてもポーンの1.5倍はあるように見えた。

「でもこれが戦闘機だってんならコクピットはあるはずだよな…」

ポーンになら祐一にも操縦経験はある。と言うか、元々ポーンのパイロットだったのを
飛行感覚が極めて優れているということで陸戦部隊から航空部隊へと異動になったのだ。

しばらく機体を見回していた祐一だったが、機体の胸部にハッチを見つけた。
機体によじ登り、ハッチを開ける。

「ビンゴ♪」

祐一が乗っていた戦闘機より少し大きめのコクピットが姿を現した。
乗り込むとハッチが自動的に閉じ、辺りが闇に包まれる。

だが、祐一は不思議と自分の気持ちが落ち着いていくのを感じていた。
まるでずっと昔からここに座っていたような感覚。
ゆっくりと深呼吸する。

『おはようございます。私はマルチ戦闘サポートAIです。マスター登録を行いますか?』

突然の声に祐一は驚く。

「誰だ!?」

そう言いながら辺りを見回す。が、人の気配らしきものはない。

『誰と言われましても。この機体のマルチ戦闘サポートAIです。』

「……(汗)」

声は、つい今しがた乗り込んだ機体から発せられたものだった。

「うそ…?」




             ARCANA
                   第二話    その力




『マスター登録を行いますか?』

「そうしなきゃこの機体には乗れないわけだろ?」

音声付きのAIというものに驚きながらも、祐一は答える。

『そうなります』

「んじゃするしかねぇなぁ。このまま野垂れ死にするわけにもいかないし」

『了解。それではマスター登録を開始します。システム、作動』

無数のケーブルが祐一の頭部に伸びる。

「おい!なんだよこれっ!」

『対象者の脳波を感知。読み込み、開始。……完了。マスター登録は正常に終了しました』

「おい。登録になんで脳波が必要なんだ?」

よく考えずに登録してしまった祐一だったが、実は非常に危険な機体でした、なんてこともある。
祐一は自分の軽率さを恥じた。

(もしかして、マズったかな?)

しかし図らずも、その不安はAIが取り払ってくれた。

『この機体は搭乗者の脳波を読み取ってシステムを起動します。例えるなら、エンジンキーですね。
このシステムだとキーを盗まれるという危険性がないため、搭乗者以外の人間に使われるという事態を
回避することが出来ます。その代わり、搭乗者が限定され、再登録も出来ないため融通が利かないという
デメリットもありますが。しかし、その点を考えましてもこのシステムは…』

「もういい」

『はい?』

「説明はもういいって。十分に理解したから(疲)んじゃまぁ帰るとすっか」

そう言いながら祐一はメインのコンソールパネルに手を伸ばす。
が、ふとその手を止めた。

「そういやお前、名前は何て言うんだ?」

『名前…?識別名称はマルチ戦闘サポートAI:NO.13ですが』

「いや、そうじゃなくて。俺で言うなら、祐一みたいな名前だよ」

『そのようなものは存在しませんが』

「んー、でも名前がないと呼びにくいしな…。よし、じゃあ略してマルチでどうだ?」

『嫌です』

「何で」

(某ゲームのキャラと同じだからか!?)

『このSSを考慮した場合、適当なゲーム会社ではないと思われます』

(やっぱそれが理由かよ(汗))

「んー…。じゃ、シオリ。これでどうよ?」

「恋人の名前か何かですか?」

(何故そうなる)

「違うよ、何でそう思った?」

『とかくパイロットは自分の機体に恋人の名前を付けたがるというデータがありますので』

「あ、そ。でも俺は断じて違うぞ。そんな恥ずかしい真似が…」

俺の言葉を遮るように、シオリが声を発する。

『一時の方向に熱源反応。拡散ビームキャノンの掃射を確認。当機到達まで1.25秒。回避します』

「へ?」

情けない声を残し、祐一は凄まじいGで意識を失った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「…ん?俺どうしたんだっけ?ここは?」

周りを見回す。と、祐一の乗っていた戦闘機が爆発したときに出来たクレーターが遥か遠くに見えた。

「うげっ!シオリ、俺どのくらい気を失ってた?」

この距離からすれば5分10分の話ではないはずだった。

『祐一さんが気を失われてから、丁度18秒です』

「んな馬鹿な!」

事実だとすれば、この世界の技術を遥かに超えた推力をこの機体は持っていることになる。
今までそんな強力なエンジンを搭載した機体など、祐一は聞いたこともなかった。
…いや、聞いたこともないというのは嘘だった。
というか、先ほど経験したばかりではないか。

「もしかしてお前…ナイトメアか?」

『ナイトメア?』

「さっき俺達に攻撃を仕掛けてきた機体の総称だ。お前もアレと同種なのか?」

『先に質問に答えますと、そのとおりです。ですが、私達の呼称は、ナイトメアではありません』

「どういうことだよ」

『私達の呼称は”アルカナ”です。』

「なんだよ、そのアルカナとかって…」

祐一が疑問を口にするが

『敵機が接近しています。今は戦闘に集中して下さい』

確かにメインモニターに先ほど祐一達を襲った機体が写っていた。

「チィ!しかたねぇな。やらざるを得ない、か」

真直ぐにこちらに向かってくる機体はどう見ても友好的には見えなかった。

「そういや動く時のG、なんとかならないか?機体が動く度に気絶してたんじゃ話にならないだろ」

『すいません。突然のことでしたのでショック・アブソーバーを展開するのを忘れていました』

「…お前、ほんとに大丈夫なんだろうな?任せるのが微妙に不安なんだが」

ジト目でコンソールパネルを睨む祐一。戦闘以外のところで死んでしまうのは御免だ。

『大丈夫です。実戦はこれが初めてですが、シミュレーションは完璧ですので』

「……(汗)」

言いようのない不安を抱える祐一だったが

ビチューーン!!

すぐ脇を通ったビームの音に気持ちを切り替える。

(ヘッドフォンを付けていてもこんな凄まじい音がするなんてっ!これが本物の戦闘か!)

戦慄が祐一の体を駆け抜ける。
しかし、恐怖以外の感情から自分の体が震えていることに気付く。

その事に少々戸惑いながらも、祐一の手は加速をかけるレバーを思い切り押し込んでいた。

ドバウッ!

凄まじい爆音を響かせ祐一の機体が敵機に接近する。

「クソッ、何でもいいから武器!」

自分の行動に半ば焦りながら祐一が叫ぶ。

『近接戦闘に入ります。ビームサイズを推奨』

「うおおぉっ!」

祐一の怒号と共に振り下ろされる、刃先がビーム粒子の大鎌。

バチチチッ!!

敵機のソードが祐一のビームサイズを受け、凄まじい音がする。

「ぐうっ!」

慌てて機体を遠ざける祐一。

(耳がバカになっちまう…!)

初めての白兵戦に圧倒されっぱなしの祐一だった。が、敵機から目を離すことはなかった。

それが幸いする。

『敵機のソード損傷度72%。撃破を狙うなら今です』

シオリの声よりも早く祐一の体は動いていた。

機体の加速するに任せてビームサイズを水平に薙ぎ払った。

ズガウッ!!

(避けられたっ!!)

ビームサイズの一撃は敵機の装甲を焼きながらも致命傷には至らなかった。

しかし、明らかに動きが鈍くなっている。

「次で決めてやるっ!」

『!?…祐一さん、通信が入っています。回線を開きますか?』

突然のシオリの報告に一瞬戸惑う祐一。

「バカ!今攻撃しないと逃げられちまうだろうが!」

『ですが…その通信というのが今対峙している敵機からなものですから』

「何…?」

しばらく逡巡したが、結局回線を開く。

「何の用だ」

ノイズの多少混じった男の声が聞こえてくる。

「貴様…。その機体を扱うという意味が分かっているんだろうな!?」

いきなりの怒声にムッときながらも、祐一はその男の言葉に興味を引かれた。

「どういう意味だよ!?」

しばらくの無言の後、チッという舌打ちと共に男が呟く。

「くそっ、なんでこんな何も知らんガキがTHE DEATHのパイロットなんかに…」

「!?何だ!?DEATHって!?」

しかし、祐一の疑問には答えず、男は祐一に告げた。

「貴様、いつか後悔するぞ。何も知らずにその機体に乗ってしまった事を。その機体の力と、
その力故に背負うことになった運命を目の当たりにしてな。今から覚悟することだ!」

男はそれだけ告げると一方的に回線を切った。

「何なんだよ…」

腑に落ちない表情の祐一だったが

『敵機、接近』

状況は考える暇さえ与えてくれない。

「くそがっ!!」

敵機が振り下ろしたソードをビームサイズの柄の部分で受け、そのまま弾き返す。

そして、仰け反って完全に無防備になった機体にビームサイズを振り下ろした。


ザクゥッ!!


鎌の刃は、敵機の頭から真っ二つに切り裂いた。

「退避行動だ」

祐一の呟きにシオリが反応し、敵機から離れ出した直後、


ズドウゥゥン…!!


敵機が爆発しながら落下を始めた。

しばらくそれを呆然と眺めていた祐一だが、

「クソッ…」

なんとか声を絞り出した。

(何でいきなりこんなことになるんだ…。一体この機体が何だって言うんだ…)


「…俺にどうしろって言うんだよ…」



その疑問に答える者はいなかった。