とある遺跡発掘現場で彼らは働いていた。

「おい、プロフェッサーを頼む」

リーダーだと思われる年かさの男が壁に刻まれた文字に触れながら若い男に声を掛ける。

そして、若い男から何かの機械のようなものを受け取るとその機械が発する光を壁に当て始めた。

その機械、外見としては懐中電灯とパソコンのディスプレイを組み合わせたようなものだ。

その光を当てられた部分の文字がディスプレイに彼らの使う言語に変換されて表示された。

「時代的には旧世代のものっすかね」

さっきの若い男がつぶやく。

「ん…、文字からすりゃあ、まぁ、そんなところだろうが…」

「何か問題でも?」

「お前、この時代がどういうモンだったか知ってるか?」

「馬鹿にしないでくださいよ。俺らがまだこの時代の技術を流用させてもらってるほどの科学技術全盛の時代でしょ?
噂によればカクヘイキなんて世界をぶっ壊すものまで作り出しちまってドンパチやってたっていう話で…」

さも心外だと言わんばかりにまくしたてる若い男を制して年かさの男がディスプレイを指し示す。

「ここに書いてある文章な、どうも旧世代のものにしちゃ抽象的過ぎるんだわ。文学的といってもいいが…」

若い男もディスプレイを覗き込む。

「…22人の友とともに私は眠る。いつか羽ばたける日が来ることを信じて。安らかに、五番目の…って、なんすか?これ」

「さぁな。最後の部分はプロフェッサーの言語解読システムにも該当する単語が見当たらんしな…」

年かさの男の言葉に若い男が頭をボリボリと掻く。

「まぁ宝箱は開けてみないと始まんないっすから。そっちのほうはどうなんです?」

「ああ、セキュリティ自体は大したものじゃない。そろそろ完了する…と、開くぞ!」

年かさの男の声に応えるかのように今まで壁にしか見えなかったものが横にスライドしていく。

「すげぇ…」

呆然と見守る二人。

と、我に返った年かさの男が若い男に呼びかける。

「おい、お前チームの奴等を呼んで来い!今日は徹夜で調査になんぞ!」

若い男がアタフタしながら入り口へ走って行く。

それを見送ると、年かさの男は突如として現れた部屋へと足を踏み入れた。

「暗くて何も見えんな…」

手探りのようにして奥へと進む。何も見えない。が、男はここに何かとてつもないものがあると予感していた。

「あれは…?」

何か巨大なシルエットが男の視界に入る。

いてもたってもいられず、男は駆け出した。

そして。数分後、”それ”は男の目の前にあった。

しばらくものも言えなかった男が漸く口を開く。

「………パラス・アテナ………」

静まり返った部屋の中で、戦士の格好をした巨大な像が彼を見下ろしていた。




           ARCANA
                     第一話      接触




民族や宗教、そして国家という枠組みに囚われた人類は戦争という形でその時代に終止符を打った。
この時代は後に人々の懺悔の念と共に旧世紀と呼ばれることになるが、
この戦乱により人類はその総人口の約3分の1を失うこととなった。
奇跡的にその戦乱を生き延びた人々は二度と過ちを起こさぬよう世界統一国家の設立を求め、
そして遂に西暦2777年、世界統一国家カノンが生まれ人類は新たな時代を歩き始める。
しかし、民族、宗教といった根本的な問題を解決せぬまま設立された統一国家には最初から未来などなきに等しかったのか。
本当の意味での平和が保たれたのはカノン設立後100年程度。
その後、権力争いとともに幾つかの派閥が生まれ、それが細分化し、以前の国家のようなものが現れ始める。
人々はそれを”フロンティア”と呼んだ。
そして西暦3003年、二つの強大なフロンティアの武力闘争を皮切りに再び時代は混乱の時に突入する。

そして西暦3XXX年。
一体の旧世紀の遺物が発見されたことにより、今まで保たれていたフロンティア間の力のバランスが
大きく崩れ、戦乱の時代は急加速して行く……。









「全く、今日も平和な一日だな」
自機を旋回させながら相沢祐一は呟いた。

周辺の警戒任務のため、今日も旧式の戦闘機に鞭打って空に上がった祐一だったが、
当然と言うべきか辺りには敵影どころか雲一つない。


もともと旧世紀からこの辺りは平和主義を貫いており、自衛以外の戦力を持たなかったことから、
各フロンティアから批判を受けつつも、その平和を守ってきた。
よって、カノン崩壊後のこの時代においても、軍事資源に乏しいという理由も相まって、概ね平和な環境にあった。

それでも危険はゼロではないという政府の決定により定期的に戦闘機による付近の巡回が行われている。

フロンティア”ジャポネ”。
この時代には珍しいほどに、環境も、そしてその住民も平和ボケした地域である。

巡回任務も後1時間弱で終わるため、祐一の気持ちも緩みっぱなしである。
欠伸と共に遥か遠くを眺める。

うっすらとかかった雲と青みが薄れてきた空、その美しさに祐一は目を細める。

しかし、次の瞬間祐一は我に返った。

(…雲、だと?)

確か今日は雲一つない晴天だったはずである。
さっきまでなかったものが急に現れるのはおかしい。

わずかな焦りとともに機体に退避行動をとらせる。と、同時に、

『WORNING!』の表示とともにけたたましいブザーが鳴り響いた。

「今更遅いんだよっ!!」

叫びと共にブースターをフルスロットルに入れる!

爆発音に似た音と共に戦闘機は凄まじいスピードで大空を駆け抜けた。

強烈なGを体に感じながら、祐一はあることを思い出していた。

”奴等”が現れるときは必ず薄雲が張る、という噂を。

(まさか本当だったとはな…くそっ!!)

後ろを振り返りはしない、が猛烈なスピードで何かが追ってきているのを祐一は感じていた。
焦りと恐怖でパニックになりそうになる中、一つの疑問が祐一に浮かぶ。

(何故ここまで執拗に追う?たかだか田舎フロンティアの定期巡回機一機に)

しかし、その疑問も急に襲われた衝撃によって吹き飛ぶ。

(狙撃された!)

コクピットのディスプレイに機体の損傷状態が表示されている。

『機体左翼被弾、損傷度27%』

「まずいな…。もってあと10分てとこか」

冷静な口調とは裏腹に祐一の額には汗が滲む。

『第二射、敵機より発射』

無機質な旧式AIの画面表示が最悪の状況を祐一に伝える。

「くそがっ!!」

無数に迫るミサイルをすれすれのところで避けていく。
このことを見ても相沢祐一のパイロットとしての技量はかなりのものであることが分かる。
が、この状況はパイロットの技量云々を問うようなレベルではなかった。

「あうっ!!」

2度目の衝撃が祐一を襲う。
機体は既に飛行を維持できる状態ではなかった。
黒煙をあげながら徐々に高度を下げていく。

「あ〜こりゃ駄目だ、落ちる」
祐一の言葉が発せられた直後、機体が地面を擦る。

ガガガガガガガガガガッ!!

不時着に備えて機体のスピードは可能な限り落としていたのだが、
それでも数10メートルほど大地を削って戦闘機は停止した。

「ぐっ、いってぇ〜」

首を振りながら祐一が機体から出てくる。
かなり頭を揺らされて足元がおぼつかないが、それでも機体から即離れるという基本はしっかり守っていた。

まもなく機体は爆発、炎上。

祐一はやれやれといった表情で機体を見やる。

「ここからどうやって帰れってんだよ…」

途方にくれる祐一だったが、機体が爆発した場所に何かを発見した。

「?何だこれは…扉?」

爆風で周りの土が吹き飛んだためか、明らかに扉状のものが姿を現していた。
何か文字が彫ってあるようだが祐一には読めない。

「まぁ、ここまで来たらなぁ…」
なにやらぶつぶつと呟く。
「藁にもすがる気持ちってやつか…」

結局のところただの好奇心なのだろうが、とにかく祐一は扉を開ける。

しかし、この些細な行動がまさか今後の自分の運命を左右するものになろうとは
祐一本人も夢にも思わなかっただろう。

しかし、運命の扉は、今、開かれた。

「な、なんだ、これ…!?」

…そこには漆黒の闇を連想するような黒一色で染められた一体の巨人が、
まるで自分の主を待っていたかのように、祐一を静かに見下ろしていた。